7. フーリエ変換の性質(1): 時間シフトと変調

7.1 時間シフト

やらない夫
フーリエ変換の性質のうち重要なものを見ていこうと思う.フーリエ級数,フーリエ変換,離散時間フーリエ変換,離散フーリエ変換の 4 種類それぞれについて,同様の性質が成り立つので,4 つずつ見比べていくのがわかりやすい.

まずは「時間シフト」に関する性質だ. $ x(t) \stackrel{\text{FS}}{\longrightarrow}X_k$ $ x(t) \stackrel{\cal F}{\longrightarrow}X(\Omega)$ $ x[n] \stackrel{\text{DTFT}}{\longrightarrow}X(\omega)$ $ x[n] \stackrel{\text{DFT}}{\longrightarrow}X[k]$ だったとしよう.すると,以下の各式が成り立つ.

$\displaystyle x(t - t_1)$ $\displaystyle \stackrel{\text{FS}}{\longrightarrow}e^{-j\Omega_0 k t_1} X_k$ (7.1)
$\displaystyle x(t - t_1)$ $\displaystyle \stackrel{\cal F}{\longrightarrow}e^{-j\Omega t_1} X(\Omega)$ (7.2)
$\displaystyle x[n - n_1]$ $\displaystyle \stackrel{\text{DTFT}}{\longrightarrow}e^{-j\omega n_1} X(\omega)$ (7.3)
$\displaystyle x[n - n_1]$ $\displaystyle \stackrel{\text{DFT}}{\longrightarrow}e^{-j\frac{2\pi}{N}k n_1} X[k]$ (7.4)

やる夫
いきなりややこしいお.

やらない夫
まあそう言わずにじっくり見てくれ.いずれも左辺は連続時間 $ t$ あるいは離散時間 $ n$ の関数だ.$ t_1$ とか $ n_1$ はただの定数だ.

やる夫
定数 $ t_1$ とか $ n_1$ とかだけ時間シフトしているわけだお.

やらない夫
それを周波数領域で見ると,時間シフトする前のスペクトルに複素指数関数をかけたものになる,というのがこの式の意味だ.

やる夫
んー,ピンと来ないお.

やらない夫
これらの公式の証明は数学の教科書を見れば載っているので,そっちを参照してもらうとして,直観的な意味を考えていくことにしよう.

やる夫
お願いしますお.

やらない夫
と言っても,話は割と簡単だ.式 (7.2) のフーリエ変換の場合を考えよう. $ x(t) \stackrel{\cal F}{\longrightarrow}X(\Omega)$ ってのは,信号 $ x(t)$ を無数の複素指数関数に分解して考えたときに,周波数 $ \Omega$ の成分が $ X(\Omega)$ だけ含まれているってことだ.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_shiftmod/before_shift.eps}

やる夫
そうだったお.

やらない夫
$ x(t)$ を時間 $ t_1$ だけシフトすると,分解された各周波数の複素指数関数はどうなっている必要がある?

やる夫
そりゃ,やっぱり $ t_1$ だけシフトしているはずだお.全部の周波数成分をいっせいに時間 $ t_1$ だけシフトして,それを重ね合わせれば $ x(t - t_1)$ になるはずだお.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_shiftmod/after_shift.eps}

やらない夫
そうだな.じゃあ,周波数 $ \Omega$ の複素指数関数を時間 $ t_1$ だけシフトするためには,位相がどれだけシフトしなくてはならない?

やる夫
位相…,えーと,1 周期 $ 2\pi/ \Omega$ [s] が位相 $ 2\pi$ [rad] に相当するんだから,比例計算で $ 2\pi \frac{t_1}{2\pi / \Omega} =
\Omega t_1$ [rad] になるお.…あれ?


\includegraphics[scale=0.5]{fig_ft/time_shift.eps}

やらない夫
何か気づいたか?

やる夫
前にこの計算やったことあるお.えーと,式(3.46) だお.そうか,位相を $ \Omega t_1$ だけ遅らせるために元のスペクトルに $ e^{-j\Omega t_1}$ をかけたのが右辺の $ e^{-j\Omega t_1} X(\Omega)$ なんだお.

やらない夫
そう,あのときと同じだ.式(3.46)のときは,デルタ関数を時間シフトしたときに,周波数領域でどうなるかを調べたんだった.デルタ関数 $ \delta(t)$ のフーリエ変換は定数 $ 1$ だったから,今の時間シフトの公式で $ X(\Omega) = 1$ にした場合に一致する.結局,あのとき見たのは,今やった時間シフトの性質の例の一つに過ぎないわけだ.


7.2 変調

やらない夫
で,今の話を時間領域と周波数領域を入れ替えて考えるとこうなる.

$\displaystyle e^{j \Omega_0 k_1 t} x(t)$ $\displaystyle \stackrel{\text{FS}}{\longrightarrow}X_{k - k_1}$ (7.5)
$\displaystyle e^{j \Omega_1 t} x(t)$ $\displaystyle \stackrel{\cal F}{\longrightarrow}X(\Omega - \Omega_1)$ (7.6)
$\displaystyle e^{j \omega_1 n} x[n]$ $\displaystyle \stackrel{\text{DTFT}}{\longrightarrow}X(\omega - \omega_1)$ (7.7)
$\displaystyle e^{j\frac{2\pi}{N} k_1 n} x[n]$ $\displaystyle \stackrel{\text{DFT}}{\longrightarrow}X[k - k_1]$ (7.8)

やる夫
今度は,周波数の方がシフトしているわけだお.時間領域の方に複素指数関数が出てきているお.…んー,指数の符号がさっきはマイナスだったけど,今度はプラスなんだお.

やらない夫
ああ,フーリエ変換とフーリエ逆変換の計算式を考えると,積分する前にかける複素指数関数の指数部の符号が逆だっただろ.それを反映している.

やる夫
逆にいうと違うのはそのくらいだお.あとは本当に時間と周波数をそっくり入れ替えただけだお.

やらない夫
ああ,こういう風に,時間領域と周波数領域を入れ替えて,一方の性質から他方を類推する考え方に慣れておくことは重要だ.

と同時に,今回の場合は周波数側をシフトすること自体の意味を理解しておくことが重要なので,もう少し説明しよう.まず,右辺の意味は特に問題ないな? 周波数スペクトルをシフトしているだけだ.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_shiftmod/freq_shift.eps}

やる夫
そっちはわかるお.ピンと来ないのは左辺の複素指数関数をかける方だお.さっきの話だと,周波数領域の方に複素指数関数をかけるのは位相をずらしているだけなので想像しやすかったお.でも時間領域でかけると,ちょっと想像しにくいお.

やらない夫
こっちも式(7.6)のフーリエ変換の場合で考えてみようか. $ e^{j\Omega_1 t}$ ってのは,角周波数 $ \Omega_1$螺旋を描きながら進んでいく振動だったよな?

やる夫
そうだったお.

やらない夫
その螺旋振動の振幅が時間とともに変化して $ x(t)$ になっているのが,左辺の $ e^{j \Omega_1 t} x(t)$ だ.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_shiftmod/modulation.eps}

やる夫
ああ,イメージしやすくなったお.

やらない夫
こういう状況を, $ e^{j\Omega_1 t}$ という単一周波数の振動が,$ x(t)$ という信号によって振幅変調されているという.変調される側の振動 $ e^{j\Omega_1 t}$ は搬送波と呼ばれる.

やる夫
何か難しい単語が出てきたお.振幅が変化させられているから振幅変調ってのは何となくわかるお.搬送波って何だお.何が搬送されてるんだお.

やらない夫
そうだな,例えば $ x(t)$ が音声信号だったとしよう.これを放送局から電波に乗せて遠隔地に送信したい.

やる夫
お,急に具体的な話が出てきたお.

やらない夫
まず音声を電気信号に変えなきゃいけないが,これはマイクロフォンの仕事だ.空気の振動を電気の振動に変えるわけだな.それを電磁波として飛ばしてやればとりあえず目的は達せられるわけだが,複数の放送局が一斉に送信しようとすると,全部混ざってしまって分離できなくなる.

やる夫
混信ってやつかお.

やらない夫
そう.人間が聴こえる音声というのはだいたい 20 Hz 〜 20 kHz の周波数成分を含んでいる.音声を送信したい放送局は,そのままだと皆この周波数の電磁波を出すことになってしまう.

やる夫
あっ,それで周波数のシフトを使うのかお?

やらない夫
いい推測だ.例えば放送局 A は 1000 kHz の搬送波を,放送局 B は 1040 kHz の搬送波を使うと約束しよう.放送局 A は $ \Omega_$A$ = 1000
\times 2\pi \times 10^3$ $ e^{j\Omega_\text{A}t}$ を振幅変調して作り出した電磁波を送信する.送信される電磁波は 980 〜 1020 kHz の範囲に周波数成分を持つわけだ.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_shiftmod/am_radio.eps}

やる夫
放送局 B は $ \Omega_$A$ = 1040
\times 2\pi \times 10^3$ $ e^{j\Omega_\text{B}t}$ を振幅変調すれば,送信される電磁波は 1020 〜 1060 kHz の範囲になるわけだお.周波数がかぶらないで済むお.

やらない夫
今,送りたい情報はあくまでそれぞれの放送局が持つ音声信号だったわけだ. $ e^{j\Omega_\text{A}t}$ $ e^{j\Omega_\text{B}t}$ は,送りたい情報を搬送するための振動だ.そういう意味で搬送波と呼ぶ.

やる夫
ようやく話がつながったお.

やらない夫
一般に,搬送波を何らかの方式で変化させることで,送りたい情報を乗せることを変調 (modulation) と呼ぶ.変化のさせ方は,周波数を変えたり,位相を変えたり,いろいろあるわけだが,そのうちの一つで振幅 (amplitude) を変えるのが今説明した振幅変調だ.amplitude modulation,略して AM という.

やる夫
あっ,AM ラジオの AM かお?

やらない夫
そういうことだ.さっき説明したのが AM ラジオ放送の基本原理になっている.ちなみに周波数を変えて変調するのは周波数変調,frequency modulation という.

やる夫
あー,そっちが FM なわけだお.

swk(at)ic.is.tohoku.ac.jp
2016.01.08