2. 複素指数関数型のフーリエ級数

2.1 sin と cos を重ねることの意味

やる夫
前回,周期的な信号をたくさんの三角関数の足し合わせで表す方法を聞いたんだお.例えば 10 ms 周期の信号だったら,0 Hz,100 Hz,200 Hz, 300 Hz …のサイン波を適当な割合で重ね合わせれば合成できたんだお.

やらない夫
おお,わかってるじゃないか.

やる夫
よくわからないのは,cos と sin の両方が必要なことの意味だお.たくさんの音叉を鳴らして元の音を合成しようとしたら, 100 Hz の周波数成分に関しては, 100 Hz の cos の音叉と,100 Hz の sin の音叉が両方必要ってことかお? cos の音叉とか sin の音叉なんて聞いたことないお.

やらない夫
そのたくさんの音叉の例が現実的じゃないのは前回話した通りなんだが,まあ,いいか.じゃあ聞くが,sin と cos の違いは何だ?

やる夫
ええと,どっちも関数の形は同じだお.でも,位相がちょうど 1/4 周期分だけずれてるお.

やらない夫
そうだな.例えば,音叉ってのは叩いた瞬間を時刻 0 として,sin 関数に従って振動するとしようか.まあ実際の音叉はそんなに都合よくないだろうが,例えばの話だ.で,同じ周波数の音叉をもう 1 個用意して,1/4 周期だけタイミングをずらして叩くと cos 関数の振動を作り出せることになる.

やる夫
100 Hz の場合だと,…ちょうど 2.5 ms ずらすのかお.人間業じゃないお.

やらない夫
同じことを 200 Hz,300 Hz … の音叉についてもやるわけだ.各周波数の音叉を 2 個ずつ用意して,一方の組は sin 関数用ということにして一斉に叩く.もう一方は cos 関数用で 1/4 周期ずらして叩くわけだが,それぞれ周期が違うわけだからずらすタイミングもそれぞれ違う.200 Hz,300 Hz, 400 Hz … の場合はそれぞれ 1.25 ms,0.833 ms,0.625 ms …ずつずらすことになるな.

やる夫
現実的じゃないと言われた意味がよくわかったお.

やらない夫
現実的でないのは確かだが,思考実験としては悪くない.今,各周波数について 2 個ずつの音叉を考えただろう.これを 1 個ずつにまとめられるのはわかるか?

やる夫
何を言ってるかわからんお.

やらない夫
フーリエ級数の中からある 1 個の周波数の成分だけ抜き出すと

$\displaystyle a_k \cos{\left(\frac{2\pi k}{T_0}t\right)} + b_k \sin{\left(\frac{2\pi k}{T_0}t\right)}$ (2.1)

なわけだが,これを 1 個の sin 関数で表せる.高校で習ったはずだ.

やる夫
習ったかもしれないけど,公式なんか全部覚えてないお.覚えているのは加法定理くらいのもんだお.

やらない夫
加法定理だけ覚えていれば導けるぞ.適当な $ \theta_k$ に対して,加法定理から

$\displaystyle \sin{\theta_k} \cos{\left(\frac{2\pi k}{T_0}t\right)} + \cos{\the...
...\frac{2\pi k}{T_0}t\right)} = \sin{\left(\theta_k + \frac{2\pi k}{T_0}t\right)}$ (2.2)

と書けるだろ.

やる夫
書けるお.わかるお.

やらない夫
さっきの式の $ a_k$$ b_k$ を,この式の左辺の $ \sin{\theta_k}$ $ \cos{\theta_k}$ に置き換えてやればいいってのが基本的な考え方だ.ただし $ \sin^2{\theta_k}+\cos^2{\theta_k}=1$ を満たさないといけないので,そうなるように $ \sqrt{a_k^2 + b_k^2}$ でくくってやる.

  $\displaystyle a_k \cos{\left(\frac{2\pi k}{T_0}t\right)} + b_k \sin{\left(\frac{2\pi k}{T_0}t\right)}$ (2.3)
$\displaystyle =$ $\displaystyle \sqrt{a_k^2 + b_k^2} \left( \frac{a_k}{\sqrt{a_k^2 + b_k^2}} \cos...
...\frac{b_k}{\sqrt{a_k^2 + b_k^2}} \sin{\left(\frac{2\pi k}{T_0}t\right)} \right)$ (2.4)

やる夫
なんかややこしい式に見えるけど,実はくくってるだけだお.大丈夫だお.

やらない夫
すると, $ \left(
\frac{b_k}{\sqrt{a_k^2 + b_k^2}}, \frac{a_k}{\sqrt{a_k^2 + b_k^2}}
\right)$ は単位円上の点になるから, $ \theta_k = \tan^{-1}{\frac{a_k}{b_k}}$ と決めてやれば加法定理の左辺に持ち込める.つまり 式 (2.4)の右辺 から続いて,

$\displaystyle \cdots =$ $\displaystyle \sqrt{a_k^2 + b_k^2} \left( \sin{\theta_k} \cos{\left(\frac{2\pi k}{T_0}t\right)} + \cos{\theta_k} \sin{\left(\frac{2\pi k}{T_0}t\right)}\right)$ (2.5)
$\displaystyle =$ $\displaystyle \sqrt{a_k^2 + b_k^2} \sin{\left(\theta_k + \frac{2\pi k}{T_0}t \right)}$ (2.6)

と書けるわけだ.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_fs_comp/tan_theta_k.eps}

やる夫
同じ周波数の cos と sin の和が,1 個の sin で書けたわけだお.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_fs_comp/sin_cos_sin.eps}

やらない夫
cos の方の音叉は $ a_k$ の強さで, sin の方は $ b_k$ の強さで叩く必要があったわけだが,それを 1 個の音叉で代替できる.ただし,強さは $ \sqrt{a_k^2 + b_k^2}$ で,かつタイミングは位相が $ \theta_k = \tan^{-1}{\frac{a_k}{b_k}}$ だけずれるように叩く必要があるわけだ.

やる夫
人間業じゃないのには変わりないお.

やらない夫
そうだな.でもこれで重要なことが理解できる.フーリエ級数展開ってのは,与えられた信号を複数のサイン波に分解することだった.そのとき,各周波数のサイン波は,それぞれ別個の振幅と初期位相を持っている.sin と cos の和として書くのは,その 1 つの表現方法に過ぎない.

やる夫
ということは,もっと直接的に振幅と初期位相をそれぞれ $ A_k$$ \theta_k$ として,

$\displaystyle f(t) = \sum_{k=0}^{\infty} A_k \sin{\left(\frac{2\pi k}{T_0}t + \theta_k\right)}$ (2.7)

みたいに表してもいいってことかお?

やらない夫
そういうことだ.

やる夫
じゃあ何でそう表さないんだお? こっちの方が直観的にわかりやすい気がするお.

やらない夫
各周波数成分が振幅と位相を持つ,という意味ではこの方がわかりやすいのは確かかもしれないな.でも,その sin 関数の中に $ \theta_k$ が入ったままの表現だと,数学的にちょっと扱いにくいんだな.だからあまり使われない.

やる夫
ふーん,残念だお.

やらない夫
ただ,数学的に扱いにくいっていう点では,sin と cos の両方が必要なのも十分に扱いにくいんだ.実は,この点を解決するきれいな表現方法がある.その方法だと「各周波数成分の振幅と位相」も明示的に表現される.

やる夫
なんだお.圧倒的じゃないかお.

やらない夫
というわけで今日はその話だ.

2.2 複素指数関数型のフーリエ級数

やらない夫
鍵になるのは複素指数関数だ.虚数単位を $ j$ で表すことにして,オイラーの公式と呼ばれるこんな式,これは知ってるだろ.


やる夫
知ってるお.でもどうしてそうなるかは理解してないお.

やらない夫
どうしてというか,まあ,これは公式というよりは定義だと考える方がいい.実数上でしか定義されていなかった指数関数の定義域を複素数に広げる際にこのように定義するってことだ.ただし,もちろん好き勝手に定義したわけじゃなくて,指数関数の持ついろんな性質が保たれるようにできている.

やる夫
どういう性質だお?

やらない夫
例えば,

$\displaystyle e^{x + y} = e^x e^y$ (2.9)

とか

$\displaystyle \frac{d}{dx}e^{ax} = a e^{ax}$ (2.10)

とかだな.試しに計算してみるといい.ともかく理解しておいてほしいのは, $ e^{j\theta}$ は複素平面の単位円上の偏角 $ \theta$ の位置に対応するってことだ.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_fs_comp/euler.eps}

やる夫
それはオイラーの公式が意味することそのものだから,よくわかるお.

やらない夫
あとは,何らかの複素数に $ e^{j\theta}$ をかけることの意味だな.もとの数の複素平面上の位置から,原点まわりに偏角 $ \theta$ だけ反時計回りに回転させることになる.

やる夫
えーと,どういうことだお.

やらない夫
もとの複素数が極座標表示で $ r e^{j\phi}$ だったとするだろ.ただし $ r$ は実数だ.そこに $ e^{j\theta}$ をかけると

$\displaystyle r e^{j\phi} e^{j\theta} = r e^{j(\phi + \theta)}$ (2.11)

になる.偏角が $ \theta$ だけ進むだろ.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_fs_comp/euler_rot.eps}

やる夫
ああ,そう言われてみれば当たり前のことだお.同じように,実数 $ r$ をかけるということは,偏角はそのままで原点からの距離が $ r$ 倍になるということなんだお.

やらない夫
ああ,そのくらいわかっていれば,話を進めるには十分だ.出発点は前回のフーリエ級数の式 (1.1)だ.この中の cos と sin を,オイラーの公式を使って複素指数関数に置き換えたいわけだ.どうすればいいかわかるか.

やる夫
ええと,…わかりませんお.

やらない夫
$ e^{j\theta}$ $ e^{-j\theta}$ の両方を考えるといい.

$\displaystyle e^{j\theta} = \cos\theta + j\sin\theta$ (2.12)
$\displaystyle e^{-j\theta} = \cos\theta - j\sin\theta$ (2.13)

辺々を足せば cos が,引けば sin が複素指数関数だけで表せる.


やる夫
ああ,見たことあるお.

やらない夫
フーリエ級数の式に代入すると

$\displaystyle f(t)$ $\displaystyle = a_0 + \sum_{k=1}^{\infty} \left\{ a_k \frac{e^{j\Omega_0 k t}+e...
...Omega_0 k t}}{2} + b_k \frac{e^{j\Omega_0 k t}-e^{-j\Omega_0 k t}}{2j} \right\}$ (2.16)
  $\displaystyle = a_0 + \sum_{k=1}^{\infty} \left\{ \frac{a_k - j b_k}{2}e^{j\Omega_0 k t} + \frac{a_k + j b_k}{2}e^{- j\Omega_0 k t} \right\}$ (2.17)

となる. $ 2\pi/T_0$ といちいち書くと大変なので, $ \Omega_0$ と書いていることに注意してくれ.

やる夫
ええと,同じ複素指数関数の項をまとめたわけだお.

やらない夫
そうだな.この式をよく見てくれ.総和は $ k$ が 1 から無限大まで取っているわけだ.総和の中の第 1 項は $ e^{j\Omega_0 k t}$$ k = 1$ から無限大まで足し合わされている.第 2 項は $ e^{-j\Omega_0 k t}$$ k = 1$ から無限大まで足し合わされているわけだが,これは $ e^{j\Omega_0 k t}$$ k = -1$ からマイナス無限大まで足し合わせていると思ってもよいだろう.

やる夫
ちょっと気持ち悪いけど,言ってることはわかるお.

やらない夫
最初の定数項の $ a_0$ も, $ e^{j\Omega_0 k t}$$ k = 0$ の項だと考えることができる.結局,全部ひっくるめて


のような形で表してよいだろう.これが複素指数関数型のフーリエ級数だ. $ F_k$ がこの場合のフーリエ係数になる.

やる夫
ああ,なんか妙にすっきりした式になったお.

やらない夫
そうだな.複素指数関数で表したおかげだ.

やる夫
あれ? 三角関数で表示したときは $ a_k$ とか $ b_k$ みたいに小文字で書いていたのに,複素指数関数型のときのフーリエ係数はどうして大文字で書くのかお?

やらない夫
あー,そこは別に大文字で書かなくちゃいけないわけじゃない.むしろ世の中の多くの教科書だと,小文字で $ c_k$ とかを使う方が普通だと思う.

やる夫
じゃあ何でそう書かないのかお?

やらない夫
今の時点では別にどう書いてもいいんだが,後から出てくる「フーリエ変換」とかと対比して考えようと思うと,大文字で書いておくのが便利なんだ.もうちょっと詳しくいうと,時間信号の方を小文字の $ f$,周波数成分を表す方を同じ文字の大文字 $ F$ で表しているところがミソだ.

やる夫
ふーん,じゃあ時間信号が $ x(t)$ だったら,フーリエ係数は $ X_k$ って書くってことかお?

やらない夫
そういうことにしよう.「フーリエ変換」ではそういう風に書くルールにしている本が多い.フーリエ級数の場合はそういうルールじゃない本が多いんだが,我々は「フーリエ変換」流に統一して書くことにする.

2.3 フーリエ係数の計算

やらない夫
残るはフーリエ係数の計算だ.今までの流れで式変形していって $ a_k$$ b_k$ から計算してもいいんだが,前回と同じ考え方で導いておこうと思う.つまり,前回使った三角関数の直交性: 式 (1.5)・ (1.8) の代わりに


を使って,同じ考え方をする.

やる夫
これも直交性なのかお.確かにこれも「かけて積分」しているけど,右側の指数関数についている $ *$ はなんなんだお?

やらない夫
$ *$ は複素共役を取る印だ.つまり,複素平面で実軸に対して対称な位置に動かすんだな.複素指数関数の場合,偏角の符号を逆にしたら共役の位置に移るだろ.だから

$\displaystyle \int_{-T_0/2}^{T_0/2} e^{j\Omega_0 m t} e^{-j\Omega_0 n t}dt = T_0 \delta_{m,n}$ (2.20)

と書いてもいい.

やる夫
三角関数のときは複素共役なんかとらなかったお.

やらない夫
本当は複素共役を取るのが正しいんだ.複素数ベクトルの内積を計算するときも,片方は複素共役を取っただろ.

やる夫
そ,…そうだったかお.

やらない夫
ああ,もう一度教科書を見てみるといい.で,三角関数のときは,sin や cos は実数だったから,複素共役を取っても何も変わらないので省略しただけだ.

やる夫
ふーん,で,式 (2.19) は本当に成立するのかお.

やらない夫
まあ実際に計算してみるといい.$ m = n$ のときは,積分の中身が 1 になるから結果が $ T_0$ になるのはすぐわかるだろう.$ m \neq n$ のときも真面目に計算するだけだ.積分は実指数関数と全く同じように計算できるからな.そのとき $ \Omega_0 = 2\pi/T_0$ だったことを忘れないように注意しとこう.

$\displaystyle \int_{-T_0/2}^{T_0/2} e^{j\Omega_0 m t} e^{-j\Omega_0 n t}dt$ $\displaystyle = \int_{-T_0/2}^{T_0/2} e^{j\Omega_0 (m - n) t}dt$ (2.21)
  $\displaystyle = \frac{1}{j\Omega_0 (m - n)} \left[ e^{j\Omega_0 (m - n) t} \right]_{-T_0/2}^{T_0/2}$ (2.22)
  $\displaystyle = \frac{1}{j\Omega_0 (m - n)} \left\{e^{j\pi (m - n)} - e^{-j\pi (m - n)} \right\}$ (2.23)
  $\displaystyle = \frac{1}{j\Omega_0 (m - n)} \left\{(-1)^{m-n} - (-1)^{m-n}\right\}$ (2.24)
  $\displaystyle = 0$ (2.25)

やる夫
う,最後の指数関数が $ -1$ の累乗に変わるところがわからんお.

やらない夫
複素平面で考えるといい.$ (m - n)$ が整数だってことに注意だ. $ e^{j\pi(m-n)}$ にしろ $ e^{-j\pi(m-n)}$ にしろ,偏角が $ \pi$ の整数倍なんだから,$ -1$ か 1 にしかならない.どっちも $ (m - n)$ が奇数のとき $ -1$ で,偶数のとき 1 だ.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_fs_comp/exp_j_pi_odd_even.eps}

やる夫
なるほど,$ (m - n)$ の値が変わると $ e^{j\pi(m-n)}$ $ e^{-j\pi(m-n)}$ は複素平面で逆方向に回転するけど,180度ずつ回転するから同じことなんだお.

やらない夫
ここまで来ればあとは三角関数のときと同じだ.フーリエ係数 $ F_3$ が欲しいなら,その項だけ残るように,式 (2.18) の両辺に $ \left\{e^{j\Omega_0 3 t}\right\}^{*}$,つまり $ e^{-j\Omega_0 3 t}$ をかけて積分すればいい.

$\displaystyle \int_{-T_0/2}^{T_0/2} f(t) e^{-j\Omega_0 3 t}dt = \int_{-T_0/2}^{...
...\{\sum_{k=-\infty}^{\infty} F_k e^{j\Omega_0 k t} \right\} e^{-j\Omega_0 3 t}dt$ (2.26)

やる夫
で,同じように積分と総和の順序を入れ替えるんだお.

やらない夫
そうだな.本当は常に入れ替えられるとは限らないんだが…っていう話も, 前回の最後に補足説明したのと同様だ.


結局,フーリエ係数 $ F_k$ は,


あるいは同じことだが $ T_0$ を使って


と表されることになる.

やる夫
$ e^{j\Omega_0 k t}$ の項の係数を計算するときに, $ e^{j\Omega_0 k t}$ じゃなくて, $ e^{-j\Omega_0 k t}$ をかけて積分しなくてはいけないわけだお.三角関数の場合と違うので,間違えそうだお.

やらない夫
あくまで「複素共役をかけて積分する」んだと意識しておくのがいいかもな.まとめよう.
  • 周期 $ T_0$ の周期関数 $ f(t)$ (のうち実用上重要なものの多く) は,式 (2.18) のような複素指数関数の無限和で表すことができる.これを $ f(t)$ の複素指数型フーリエ級数展開と呼ぶ.
  • ここに出てくる各係数は式 (2.29) で与えられて,フーリエ係数と呼ばれる.
  • 足し合わされる複素指数関数は,三角関数のときと同様に元の関数 $ f(t)$ の周期,その 1/2 の周期,1/3 の周期,1/4 の周期…を持つものである.

以降,$ f(t)$ をフーリエ級数展開して係数 $ F_k$ が得られることを


と書くことにしよう. FS は Fourier Series (フーリエ級数) の略のつもりだ.あまり標準的な書き方じゃないんだが,後でフーリエ変換と対比するときとかに使おうと思う.

2.4 フーリエ級数のイメージ

やる夫
前回の sin とか cos を足し合わせるのは何となく想像できたけど,式 (2.18) の $ e^{j\Omega_0 k t}$ を足し合わせるってのがどうもイメージできないんだお.

やらない夫
そもそも $ e^{j\Omega_0 k t}$ 自体がイメージできているかどうかだな.まず確認だが, $ \sin{\Omega_0 k t}$ が,角周波数 $ \Omega_0 k$ で時間 $ t$ とともに振動していくのはイメージできるな?

やる夫
できるお.高校では優等生だったって言ったはずだお!

やらない夫
$ e^{j\Omega_0 k t}$ だって同じように角周波数 $ \Omega_0 k$ の振動だ.ただし sin とは違って関数値として複素数を取るわけだ.sin のときは時間 $ t$ の軸と,関数値の軸をとって 2 次元のグラフを書いたと思うが,複素数値関数だと実軸と虚軸を考えなきゃいけないから,絵を描くなら 3 次元グラフのようになるな.

やる夫
ええと,普通に sin 関数のグラフを書くときは,横軸に時間を取って,縦軸に関数値を取るわけだお.時間はそのままで,縦軸を実軸だとして…

やらない夫
時間軸と実軸の両方に直交するように虚軸を取ればいい.あるいは,複素平面の実軸と虚軸の両方に直交するように時間軸を取ると考えてもいい.どっちでも同じことだ.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_fs_comp/axes_re_im_t.eps}

やる夫
で,この 3 次元っぽい空間で振動するのかお.

やらない夫
振動というより,螺旋を描くという方がいいな. $ e^{j\theta}$ は複素平面の単位円上で偏角 $ \theta$ の位置を指していたわけだろ. $ e^{j\Omega_0 k t}$ は,$ t = 0$ で実軸上の 1 のところからスタートして,時間 $ t$ が進むとともにこの単位円上を反時計回りにまわるわけだ.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_fs_comp/exp_jomgt.eps}

やる夫
ああ,回りながら時間軸方向に進んでいくから螺旋になるわけだお.

やらない夫
そうだな.「単位時間でこの螺旋が何周するか」が周波数だ.同じことだが「単位時間でこの螺旋の位相が何 rad 進むか」が角周波数 $ \Omega_0 k$ だ.$ k$ が増えれば速く振動する螺旋になる.元の関数 $ f(t)$ を,$ k$ の異なるたくさんの螺旋の足し合わせで表そうというのが,複素指数関数型のフーリエ級数だ.

やる夫
なるほど,そういうイメージで式 (2.18) を見ると,多少はわかったような気がするお.…ん? あれ?

やらない夫
どうした?

やる夫
sin や cos の足し合わせのときは,$ k$ は正の整数だけを考えたんだお.でも複素指数関数を足し合わせるときは,$ k$ は負の無限大から正の無限大まで考えることになったんだお.$ k$ が負のときの角周波数 $ \Omega_0 k$ って一体何なんだお.周波数がマイナスなのかお? 「単位時間あたり $ -10$ 周する」とか意味わからんお!

やらない夫
うん,いい指摘をするじゃないか.その点も基本に立ち返って考えるといい.角周波数がマイナスってことは,時間が進むと複素平面上ではどうなる?

やる夫
ええと,偏角が減っていくわけだから,時計回りにまわるってことかお.

やらない夫
そうだ.それをさっきと同じく時間軸・実軸・虚軸のグラフで考えるとどうなる?

やる夫
時計回りにまわりながら進んでいくわけだから…,さっきと逆回りに回転する螺旋になるお!


\includegraphics[scale=0.5]{fig_fs_comp/exp_jomgt_both.eps}

やらない夫
そう,それが負の周波数の正体だ.このイメージができるようになると,式 (2.14) の意味がよくわかるはずだ.

やる夫
ええと,反時計回りと時計回りの螺旋を足して2で割っているわけだお.実数部分は,どっちも同じく cos の動きをするから,足して2で割ったものもそれらと同じだお.虚数部分は,常に共役の関係にあるから…あっ消えてなくなるんだお! たしかに左辺の実数の cos 関数に一致するお.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_fs_comp/pos_neg_freq.eps}

やらない夫
やけに説明的な台詞ありがとう.

やる夫
どういたしましてだお.

やらない夫
フーリエ級数展開の $ e^{j\Omega_0 k t}$ $ e^{-j\Omega_0 k t}$ の項の間の関係もこれと同じなんだ.

展開したい関数 $ f(t)$ が実数値を取るとしよう.するとそれぞれの周波数成分もやっぱり実関数になってくれないと困るわけだ.だから, $ F_k e^{j\Omega_0 k t}$ $ F_{-k} e^{-j\Omega_0 k t}$ が足し合わされて,さっきと同様に虚数部分が打ち消されるようになっている.そう考えると $ F_k$$ F_{-k}$ がどういう値じゃなくちゃならないかが見えてくるだろ.ちなみに $ F_k$$ F_{-k}$ も一般に複素数だということに注意しとこう.

やる夫
ええと,$ F_k$ とかの絶対値は螺旋が回転するときの半径なわけだお.少なくとも回転する半径は一致してないと打ち消せないお.だから, $ \vert F_k \vert = \vert F_{-k}\vert$ は必要だお.

やらない夫
そうだ.でもそれだけじゃダメだ.偏角についても条件がある.

やる夫
$ F_k$ の偏角って…どういう意味になるのかお?

やらない夫
$ F_k e^{j\Omega_0 k t}$$ t = 0$ を代入したときの値が $ F_k$ だろ.つまり時刻 0 における螺旋の初期位置が $ F_k$ だ.

やる夫
ええと,同じ半径で,同じ角速度で,逆向きに回転する 2 つの螺旋があって,それらの虚数部分が常に打ち消し合うためには…,ああ,初期位置が共役の関係にあればいいんだお.だから, $ F_k$ の偏角と$ F_{-k}$ の偏角は同じ大きさで符号が逆,つまり $ \angle{F_k} = - \angle{F_{-k}}$ だお.

やらない夫
そういうことだ.結局,$ f(t)$ が実数の場合は,$ k \geq 0$$ F_k$ だけわかれば $ k < 0$ の方も定まってしまうんだな.

やる夫
単に,虚数部分を打ち消すためのトリックとしてだけ存在するってことかお?

やらない夫
まあ身も蓋もない言い方をするとそうなるかな.ただし $ f(t)$ が複素数値を取る場合はこの限りではないので注意だ.

やる夫
ともかく,おかげでどうして「負の周波数」が出てきたのかは何となくわかった気がするお.

やらない夫
三角関数型のフーリエ級数と対比してみるといいかもな.三角関数型の場合,ある周波数成分のサイン波の振幅と初期位相を表現するために cos と sin の足し合わせで表したわけだ.だから $ a_k$$ b_k$ の両方が常に組になる.

やる夫
それに対して複素指数関数型の場合は,正と負の周波数の複素指数関数の足し合わせで表すことになる.今度は$ F_k$$ F_{-k}$ が組になるわけだお.

やらない夫
そう.しかも,「振幅」と「初期位相」がものすごくストレートに表示されているのがわかるだろう.

やる夫
あ,そういえばそうだお.$ F_k$ の絶対値が振幅そのもので,偏角が初期位相そのものだお.

やらない夫
これが複素指数関数型のフーリエ級数の嬉しいところだ.単に式 (2.18) のようにすっきりと書き表せるだけじゃなくて,そこに出てくるフーリエ係数 $ F_k$ が「各周波数成分の振幅と位相」を明示的に表している.

やる夫
なるほど,そういえば今回の話はそういう流れで始まったんだったお.

やらない夫
図で表すとこんな感じかな.まずこれが三角関数型のフーリエ級数だ.元の周期信号が,基本周波数の整数倍の周波数を持つ成分に分解される.それぞれの成分がどのくらい含まれているかを表しているのがフーリエ係数 $ a_k$$ b_k$ だ.ただし,各周波数について cos と sin の両方を考える必要がある.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_fs_comp/spectrum_sinusoid.eps}

次にこれが複素指数関数型のフーリエ級数だ.同じく基本周波数の整数倍の周波数を持つ成分に分解される.ただし,各周波数について,正と負の周波数の組で表される.フーリエ係数は複素数だから,このグラフでは絶対値と偏角にわけてかいてみた.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_fs_comp/spectrum_exp.eps}

こんな風に周波数成分に分解されたものを「スペクトル」とか「周波数スペクトル」とか呼ぶことが多い.特に $ \vert F_k\vert$ のみを考えると「振幅スペクトル」, $ \angle{F_k}$ のみを考えると位相スペクトルと呼ぶ.

やる夫
なるほど,振幅スペクトルは偶対称で,位相スペクトルは奇対称なわけだお.

やらない夫
ああ,ただしあくまでも $ f(t)$ が実関数の場合だということを忘れるな.あと,振幅の2乗,つまり $ \vert F_k\vert^2$ のことをパワースペクトルと呼ぶ.これもよく出てくる概念なので覚えておくといい.

やる夫
2乗しただけかお.別に振幅スペクトルだけでいいんじゃないかお?

やらない夫
2乗したものが応用上重要になることもあるんだ.まあ当面は,そういう名前なんだと思っておけばいい.

swk(at)ic.is.tohoku.ac.jp
2016.01.08