3. フーリエ変換

3.1 周期をどんどん長くする

やらない夫
さて,というわけでフーリエ級数の話をしてきたわけだ.どんな話だったか覚えてるか?

やる夫
えっと,周期的な時間信号をいろんな周波数成分に分解するんだったお.

やらない夫
そう,その「周期的」ってのが重要だ.じゃあ周期的じゃない信号はどうするの? ってのが今回の話になる.結論からいうと,それがフーリエ変換だ.

やる夫
「級数」が「変換」に変わるんかお.なんか「周期的」かどうかとは全く異質な話に聞こえるお.

やらない夫
そうかもな.まあその辺は追々理解してもらえばいい.ともかく出発地点はフーリエ級数だ.周期 $ T_0$ の時間信号を周波数成分に分解するんだった.どんな周波数成分が出てくる?

やる夫
えっと,基本角周波数が $ \Omega_0 = 2\pi/T_0$ で,その整数倍の周波数成分だけがでてくるんだったお.

やらない夫
そうだな.だからスペクトルは飛び飛びに値を持つことになる.図でかくとこんな感じだったな.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_ft/fs_periodic_1.eps}

やる夫
ん,この矢印の上の FS ってなんだったかお?

やらない夫
前回の式 (2.30) で導入したが,矢印の元をフーリエ級数展開すると矢印の指す先になることを表しているつもりだ.

さて,ここで,元の 1 周期分の時間信号の波形をそのまま変えずに,周期だけを長くしたら,例えば周期を $ 2T_0$ にしてみたら,どうなる?

やる夫
えっと,どういうことだお.元の波形を変えずに…ってことは,こういうことかお? スカスカなグラフになるお.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_ft/periodic_2.eps}

やらない夫
ああ,そういうことだ.例えば,1秒ごとにベルが鳴っていたのが,2秒ごとに鳴るようになったと思えばいい.鳴っている間の音としては変わらないけど,鳴る間隔だけが変わったってことだ.

やる夫
把握したお.

やらない夫
同様に,周期をどんどん長くして,無限大までしてやれば,周期的じゃない信号になるだろう,というのが話の流れだ.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_ft/periodic_4.eps}

やる夫
なんか強引な気がするお.そんなんでいいんかお.

やらない夫
やや乱暴かな.まあ気にするな.ともかく,周期を長くしていったときに,周波数領域がどういう風に変化していくかを考えていこう.で,出発地点に戻ると,周期 $ T_0$ のときは,周波数領域では $ \Omega_0 = 2\pi/T_0$ おきに飛び飛びに値を持つんだったわけだろ.

やる夫
そうだお.さっきのグラフの通りだお.

やらない夫
周期が $ 2T_0$ になったらどうなる?

やる夫
えーと,基本周波数は基本周期の逆数なんだお.角周波数で考えるならその $ 2\pi$ 倍だお.だから,基本角周波数は $ 2\pi / 2T_0$,つまり $ \Omega_0
/ 2$ になるはずだお.

やらない夫
正解だ.周期が2倍に伸びたから,周波数が 1/2 の低周波でも,その周期内にすっぽり収まれるようになったわけだ.で,その整数倍の周波数はすべて存在できることになる.グラフにかくと線の密度が2倍に増えるわけだ.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_ft/fs_periodic_2.eps}

同じように,周期を $ 4T_0$ にしたらどうなる?

やる夫
基本角周波数が $ \Omega_0/4$ になるお.スペクトルの線の密度が4倍になるお.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_ft/fs_periodic_4.eps}

やらない夫
そうだな.その流れでちょっと想像をはたらかせてみてくれ.周期を無限大に飛ばしたら,スペクトルはどうなると思う?

やる夫
うーん,スペクトルの線の間隔がどんどん狭くなっていくお.だから,飛び飛びじゃないスペクトルになるのかお.

やらない夫
そういうことだ.$ -\infty$ から $ \infty$ の連続時間上で定義された時間関数は,周波数領域で見ると, $ -\infty$ から $ \infty$ の連続周波数上で定義されたスペクトルになる.ちょっと議論は乱暴だったけど,ああ何かそうなりそうだな,と納得してもらえればとりあえず OK としよう.

やる夫
ふーん,まあ言ってることの雰囲気はわかるお.

3.2 フーリエ変換とフーリエ逆変換

やらない夫
さて,実際にそういう極限を考えたときに,数式としてはどんな形になるのかっていうのが次の話だ.ところがちょっと問題があって,今の話の流れで考えていても,実は答えにはたどり着けないんだ.

やる夫
ちゃぶ台返しかお.じゃあ今までの話はなんだったんだお.

やらない夫
まあそう言うな.飛び飛びの離散周波数から連続周波数になっていくイメージを持ってもらいたかっただけだ.でも,どんなに間隔が細かくなっても線は線のままだからな.そのままじゃ連続にはならない.なのでそこはちょっと連続化のための手続きを踏んでやる必要がある.

やる夫
どういうことかお.

やらない夫
フーリエ級数展開の式から出発しよう.前回の式(2.18),つまりこれだ.

$\displaystyle f(t) = \sum_{k=-\infty}^{\infty} F_k e^{j\Omega_0 k t}$ (3.1)

$ F_k e^{j\Omega_0 k t}$ を整数 $ k$ について総和しているわけだ.これはいいな?

やる夫
OKだお.

やらない夫
スペクトルの間隔 $ \Omega_0$ をどんなに細かくしていっても,総和のままじゃダメなんだ.周波数が連続化されて,総和が積分になるように話を持っていきたい.

やる夫
よく話が見えないお.

やらない夫
具体的に見ていこうか.このグラフが $ F_k e^{j\Omega_0 k t}$ を表していると思ってくれ.$ F_k$ じゃなくて, $ e^{j\Omega_0 k t}$ をかけた後,でも総和を取る前のグラフだ.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_ft/fs_line.eps}

この線の長さを全部足すと $ f(t)$ になる,ってのがフーリエ級数の意味するところだ.長さっていっても本当は複素数だという点には注意しなきゃいけないんだが,ともかくこうやって表そう.

やる夫
わかるお.フーリエ級数の式そのものだお.

やらない夫
ところが,このまま線の間隔を狭くしていっても,線のままだといつまでたっても連続にならないってのが問題だったわけだ.だから,こんな風に線の長さじゃなくて面積になるように書き換えよう.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_ft/fs_rectangle.eps}

やる夫
えっと,これはどういうことだお.

やらない夫
線の代わりに横幅 $ \Omega_0$ の短冊みたいなのを考える.この短冊の面積が,元の線の長さ,つまり $ F_k e^{j\Omega_0 k t}$ と等しくなるようにする.すると短冊の高さはどうなる?

やる夫
んー, $ F_k e^{j\Omega_0 k t} / \Omega_0$ でいいのかお? $ \Omega_0$ で割っただけだお.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_ft/rectangle_size.eps}

やらない夫
そういうことだ.これで,この短冊の面積をすべて足し合わせると $ f(t)$ になるようにできたわけだ.こうやって「総和を計算する問題」を「面積を計算する問題」に書き換えておいてから,分割をどんどん細かくしていけば,「面積を積分で求める問題」に持って行くことができる.

やる夫
うーん,なんか微妙にしっくり来ないけど,そんなもんなのかお.

やらない夫
同じ無限でも,「整数が無限にある」というときの無限と「実数が無限にある」というときの無限との間には大きなギャップがあるんだ.だから「線」のまま間隔を狭くしていっても連続にはならない.そのギャップを,面積を持つ短冊を考えることで埋めていると思ってくれ.

今の話を数式で書くとこうなる.まずフーリエ級数の式を,面積の総和だと思って書き換える.

$\displaystyle f(t)$ $\displaystyle = \sum_{k=-\infty}^{\infty} \Omega_0 \frac{F_k e^{j\Omega_0 kt}}{\Omega_0}$ (3.2)

やる夫
横×縦の総和に書き換えたわけだお.

やらない夫
で,理由は後で説明するが,何も聞かずにここで $ 1/2\pi$ をくくり出してくれ.


やる夫
ええー,まあ聞くなというなら聞かないけど,気持ち悪いお.

やらない夫
うん,あとで説明するから勘弁してほしい.で,ここで新しい変数をいくつか導入しておこう.まず $ \Omega[k] = \Omega_0 k$ とする.基本角周波数の $ k$ 倍の値を持つ角周波数だ.丸括弧じゃなくて角括弧なのは,括弧の中身が整数だということを強調しているつもりだ.

$\displaystyle f(t)$ $\displaystyle = \frac{1}{2\pi}\sum_{k=-\infty}^{\infty} \Omega_0 \frac{2\pi F_k e^{j\Omega[k] t}}{\Omega_0}$ (3.4)

やる夫
整数 $ k$ によって変わる角周波数を表す変数だと考えるわけだお.

やらない夫
そして,総和の中の項のうち $ 2\pi F_k / \Omega_0$ の部分を $ F(\Omega[k])$ と書くことにする.$ F_k$ の定数倍だから,周波数スペクトルを表す量になる.

$\displaystyle f(t)$ $\displaystyle = \frac{1}{2\pi}\sum_{k=-\infty}^{\infty} \Omega_0 F(\Omega[k]) e^{j\Omega[k] t}$ (3.5)

やる夫
ん,なんで $ F(\cdot)$ の中に $ \Omega[k]$ が出てくるのかお? $ F[k]$ じゃだめなのかお.

やらない夫
そうだな,今の時点では $ F[k]$ だと考える方が自然かもしれない.$ k$ という整数に応じて値が決まるわけだからな.でも,後から積分に移行するときに備えてここは角周波数の単位を持つ量で書いておきたいんだ.つまり, $ k$ という整数に応じて $ \Omega[k]$ という角周波数が決まって,その角周波数のスペクトル成分 $ F(\Omega[k])$ が与えられると考えておく.

やる夫
何かさっきから後の都合ばっかりだお.

やらない夫
$ F(\Omega[k])$ の計算式も書き下しておこう. $ F_k$ を計算する式 (2.28) で, $ \Omega_0 k$$ \Omega[k]$ と書いてやると,こうなる.

$\displaystyle F_k$ $\displaystyle = \frac{1}{T_0} \int_{-T_0/2}^{T_0/2} f(t) e^{-j\Omega[k]t}dt$ (3.6)

これを $ F(\Omega[k]) = 2\pi F_k / \Omega_0$ に代入して

$\displaystyle F(\Omega[k])$ $\displaystyle = \frac{2\pi}{T_0 \Omega_0} \int_{-T_0/2}^{T_0/2} f(t) e^{-j\Omega[k]t}dt$ (3.7)
  $\displaystyle = \int_{-T_0/2}^{T_0/2} f(t) e^{-j\Omega[k]t}dt$ (3.8)

になる.

やる夫
ええと, $ \Omega_0 = 2\pi/T_0$ だから確かにそうなるお. $ F(\Omega[k])$$ \Omega[k]$ によって決まる量になっているのもわかるお.

やらない夫
それから, $ f(t) = \cdots $ の式に戻って,これは単に変数名の置き換えだと思ってもらえばいいんだが, $ \Delta\Omega = \Omega_0$ とする.

$\displaystyle f(t)$ $\displaystyle = \frac{1}{2\pi}\sum_{k=-\infty}^{\infty} F(\Omega[k]) e^{j\Omega[k] t} \Delta\Omega$ (3.9)

やる夫
んー,どうして $ \Omega_0$ のままじゃダメなのかお?

やらない夫
別にダメじゃないんだが,単に,積分に移行するときにわかりやすくするためだと思ってくれ.書く場所を右辺の一番後ろに移したのもそのためだ.

やる夫
ふーん,まあいいお.

やらない夫
さて,ここまでで準備完了だ. $ T_0 \rightarrow \infty$ の極限を考えてやる. $ \Omega[k]$ は実数 $ \Omega$ に連続化されて, $ \Delta\Omega$ は無限小になって $ d\Omega$ になる.


で,途中で計算しておいた式 (3.8) の $ F(\Omega[k])$ の方も,同様に $ T_0 \rightarrow \infty$ の極限を考える.単純に積分の範囲が無限大に飛んでいくだけだな.これをフーリエ変換と呼ぶ.


そしてさっきの式 (3.10) の方をフーリエ逆変換と呼ぶ.

やる夫
いつの間にか「級数展開」が「変換」になったお.

やらない夫
いつの間にかというか,いつ「変換」になったかと敢えて答えるなら,無限に飛ばして連続化したときだな.その時点で「連続時間上の関数」と「連続周波数上の関数」の相互間の「変換」になったと考えている.

フーリエ変換の計算式の右辺には時間変数 $ t$ と周波数変数 $ \Omega$ が含まれているが,$ t$ で積分するから,$ \Omega$ だけが残る.連続時間上の関数から連続周波数上の関数への変換になるわけだ.フーリエ逆変換の方は,右辺を $ \Omega$ で積分しているから,$ t$ だけが残るんだな.時間関数への変換になる.

やる夫
結局,周波数が連続になっただけで,フーリエ級数と同じようなものだと思っていいのかお?

やらない夫
そうだな,基本的な考え方は同じだ.フーリエ級数は,周期的な時間信号を無限個の複素指数関数の足し合わせで表現したわけだ.ただし無限といっても高々「整数の個数」の無限だ.周波数成分は飛び飛びにしか存在しないが,それで元の時間関数が十分に再現できた.

これに対して,周期的とは限らない一般の時間信号を表現しようと思うと.周波数としてはあらゆる実数を考えなくてはならなくなる.数式で表現すると複素指数関数の「総和」ではなくて「積分」で表現しなくてはならないわけだ.

やる夫
フーリエ級数の「複素指数関数の足し合わせで表す」っていう考え方は直観的にわかりやすかったお.でも総和じゃなくて積分になるとどうもピンと来ないお.

やらない夫
そうかもしれないが,本質的には全く同じことなんだ.同じイメージを持っていて構わない.ただし「足し合わせ」という言葉を使うのはさすがに違和感があるので,「重ね合わせ」という言葉を使うことが多い.

やる夫
「重ね合わせの原理」とかいう場合の重ね合わせと同じかお?

やらない夫
そうだな.「重ね合わせ」という言葉であれば,総和の場合も積分の場合も,まあそんなに違和感無く表現できてる気がするが,どうだろう.まあ語感は人それぞれかも知れないけどな.

ともかく,一般の時間信号は,あらゆる実数を周波数とする複素指数関数の重ね合わせで表すことができる,ということだ.これがフーリエ逆変換の意味だ.

やる夫
逆? あ,そうか,フーリエ級数展開に対応するのは,フーリエ変換じゃなくてフーリエ逆変換の方なんだお.なんか混乱しそうだお.

やらない夫
そう,フーリエ変換は,フーリエ係数の計算の方に対応している.それぞれの周波数成分がどのくらい含まれているかを知るための計算になっているということだな.$ F(\Omega)$ は一般に複素数になるから,振幅と位相を持っている.フーリエ係数 $ F_k$ と同様に,周波数 $ \Omega$ の成分の振幅と初期位相を表しているわけだ.

やる夫
フーリエ級数展開やフーリエ係数の計算を「変換」と呼んじゃダメなのかお?

やらない夫
ダメってことはないし,変換だと理解して構わないと思うぞ.単に歴史的な事情で「級数展開」だと解釈されるのが普通だというだけだ.級数展開だろうが変換だろうが,信号を複数の周波数に分解しているんだという点には変わりがない.周波数が飛び飛びか,連続かという違いはあるけどな.

やる夫
こうして見比べると,フーリエ変換とフーリエ逆変換の式ってほとんど似たようなもんだお.指数部にマイナスがついているかどうかと,定数倍があるかないかだけの違いだお.

やらない夫
そうだな.まあ,どっちを変換と呼んでどっちを逆変換と呼ぶかなんてのは,単に慣例的なものだ.時間 → 周波数の方向を変換,反対方向を逆変換と呼ぶと約束したに過ぎない.

ついでに言うと,さっきの式 (3.3) のところで $ 1/2\pi$ をくくり出したのも,同じように単に慣例的なものなんだ.

やる夫
ああ,後から説明するって言われてたのを忘れてたお.結局どういうことなんだお?

やらない夫
あそこで $ 1/2\pi$ をくくり出さなかったどうなるか,計算してみればわかるんだが,フーリエ変換の式の方の先頭に $ 1/2\pi$ がついて,逆変換の式の方には何もつかなくなるんだ.だから,「フーリエ変換」の式をきれいに見せたかったら今回みたいに $ 1/2\pi$ でくくればいいし,「フーリエ逆変換」の式をきれいに見せたいならば,くくらずに導出したもので定義すればよかった.どっちにしろ,フーリエ変換して,またフーリエ逆変換すればちゃんと元に戻るからな.どっちでもよいんだけど,我々は前者を採用したってことだ.教科書によっては両方に $ 1/\sqrt{2\pi}$ をつけているのもあるしな.

やる夫
どっちでもいいってのはあまり納得いかないお.定義が変わったら周波数成分の値が定数倍だけ変わってしまうお.

やらない夫
変わってもいいんだよ.例えばもとの時間信号の振幅が,そうだな,電圧だったとしようか.じゃあそれをフーリエ変換したときの周波数成分の単位はどうなる?

やる夫
えっ? えーと,電圧を時間積分してるんだから,電圧×時間の次元になるのかお.あまり普段使うような単位じゃなさそうだお.

やらない夫
だな.だから,その値が $ 2\pi$ 倍になってようがいまいが,その絶対的な数値自体は大した問題じゃない.長さをヤードで測るかメートルで測るか尺で測るかによって数値が変わるのと同じだ.ただし,どの定義で計算したものかはちゃんと把握しておかないとわけがわからなくなるので注意した方がいい.いろんな教科書の公式を混ぜて使うのは危険だ.

というわけでまとめよう.ついでにいくつか記号や用語も導入しておこう.

  • 連続時間 $ -\infty < t < \infty$ で定義された関数 $ f(t)$ (のうち実用上重要なものの多く) に対して,式 (3.11) で計算される $ F(\Omega)$$ f(t)$ のフーリエ変換と呼ぶ.(あるいはこの計算をすること自体をフーリエ変換と呼ぶ)
  • $ F(\Omega)$ から,式 (3.10) によって元の $ f(t)$ が復元できる.この計算をフーリエ逆変換と呼ぶ.(あるいは「$ f(t)$$ F(\Omega)$のフーリエ逆変換である」という言い方もする)
  • $ \Omega$ は角周波数を表す連続変数である.$ F(\Omega)$$ f(t)$ に含まれる角周波数 $ \Omega$ の振動成分の量 (振幅・位相) を表す.
  • $ \vert F(\Omega)\vert$ $ \angle F(\Omega)$ $ \vert F(\Omega)\vert^2$ をそれぞれ,$ f(t)$ の振幅スペクトル,位相スペクトル,パワースペクトルと呼ぶ.

やる夫
あれ? そういえば数学の教科書では角周波数は小文字で $ \omega$ って書いてたと思うお.どうして大文字で書くんだお?

やらない夫
そうそう,それを説明してなかった.これまではずっと連続時間信号について話をしてきたけど,次回から離散時間信号についての話に入るんだ.つまり,時間軸上で飛び飛びの時刻にしか値をもたないような信号だな.いよいよ「ディジタル」信号処理の世界に入っていくわけだ.

離散時間信号について考えるとき,いわゆる普通の角周波数とは別に「正規化角周波数」という概念が出てくる.小文字の $ \omega$ はそっちの方で使おうと思うんだ.だからそれと区別するために,普通の角周波数は $ \Omega$ と書くことにする.ちょっと戸惑うかもしれないが,まあ我慢してくれ.

3.3 重要なフーリエ変換対

やらない夫
互いにフーリエ変換と逆変換の関係になっているものを「フーリエ変換対」と呼ぶことがある.後々の説明で必要になるものをいくつか計算しておこうと思う.

やる夫
あまり計算好きじゃないお.

やらない夫
まあ数学の演習じゃないので,必要最低限に留めようと思う.

そうそう,以下では $ F(\Omega)$$ f(t)$ のフーリエ変換であることをこんな風に表すことにする.これらは割と標準的な記法だ.

$\displaystyle f(t)$ $\displaystyle \stackrel{\cal F}{\rightarrow} F(\Omega)$ (3.12)
$\displaystyle F(\Omega)$ $\displaystyle \stackrel{{\cal F}^{-1}}{\rightarrow} f(t)$ (3.13)
$\displaystyle f(t)$ $\displaystyle \leftrightarrow F(\Omega)$ (3.14)
$\displaystyle {\cal F}[f(t)]$ $\displaystyle = F(\Omega)$ (3.15)
$\displaystyle {{\cal F}^{-1}}[F(\Omega)]$ $\displaystyle = f(t)$ (3.16)


3.3.1 矩形関数と sinc 関数

やらない夫
まずは,時間領域の矩形信号だ.ただし $ a > 0$ とする.

$\displaystyle r_{-a,a}(t) = \left\{\begin{array}{ll} 1, & -a \leq t \leq a 0, & \text{otherwise} \end{array}\right.$ (3.17)


\includegraphics[scale=0.5]{fig_ft/rectangular_func.eps}

これをフーリエ変換するとどうなるか.

やる夫
とりあえず公式につっこんでみるお.

$\displaystyle {\cal F}[r_{-a,a}(t)]$ $\displaystyle = \int_{-\infty}^{\infty} r_{-a,a}(t) e^{-j\Omega t}dt$ (3.18)
  $\displaystyle = \int_{-a}^{a} e^{-j\Omega t} dt$ (3.19)

ここまでは簡単だお.この後は…普通に積分すればいいのかお. $ e^{-j\Omega t}$ の不定積分は $ (-1/j\Omega)e^{-j\Omega t}$ だから…

やらない夫
いいんだが,分母に $ \Omega$ が出てくるので, $ \Omega = 0$ のときだけは別扱いしないとだめだな.

やる夫
ああ,そうだお.じゃあ改めて, $ \Omega \neq 0$ のとき,こうなるお.

$\displaystyle {\cal F}[r_{-a,a}(t)]$ $\displaystyle = \left[ \frac{1}{-j\Omega} e^{-j\Omega t} \right]_{-a}^{a}$ (3.20)
  $\displaystyle = \frac{1}{j\Omega} \left\{ e^{ja\Omega} - e^{-ja\Omega}\right\}$ (3.21)

これでいいのかお?

やらない夫
もうちょっと計算を進めてみようか.このままじゃスペクトルの形状もよくわからないからな.オイラーの公式 (2.15) で, $ \sin\theta = (e^{j\theta}-e^{-j\theta})/2j$ だったことを使うんだ.

やる夫
あー,するとこうなるのかお.

$\displaystyle {\cal F}[r_{-a,a}(t)]$ $\displaystyle = \frac{2}{\Omega} \cdot \frac{e^{ja\Omega} - e^{-ja\Omega}}{2j}$ (3.22)
  $\displaystyle = \frac{2}{\Omega} \sin{a\Omega}$ (3.23)

やらない夫
そういうことだな.残りは $ \Omega = 0$ の場合だ.

やる夫
忘れてたお.えーとどうすればいいかお.ん? なんだ,

$\displaystyle {\cal F}[r_{-a,a}(t)]\vert _{\Omega = 0}$ $\displaystyle = \int_{-a}^{a} e^{-j 0 t} dt$ (3.24)
  $\displaystyle = \int_{-a}^{a} dt$ (3.25)
  $\displaystyle = 2a$ (3.26)

単にこういうことかお.

やらない夫
いいだろう.結局,どんな形のスペクトルになるかわかるか?

やる夫
うーん,$ 2/\Omega$ は反比例のグラフだお.反比例と sin をかけたグラフだから,$ \Omega$ が正のときは,sin なんだけど振幅が $ \Omega$ に反比例して減っていくようなグラフになるお.$ \Omega$ が負のときは…反比例の部分が負だから,sin 関数の正負がひっくり返ったものになって,その振幅はやっぱり $ \Omega$ の絶対値に反比例して減っていくわけだお.だから左右対称なグラフになりそうだお.よくわからないのは $ \Omega = 0$ の近辺だお.反比例は無限大に,sin はゼロに近づいていくから,かけ合わせた結果どうなるのか,すぐにはわからんお.

やらない夫
$ \Omega = 0$ のときの値が $ 2a$ なのは計算の結果わかっていただろう.で,実はちゃんと連続につながったグラフになるんだ.$ a = 4$ の場合をプロットしてみるとこうなる.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_ft/sinc.eps}

「振幅」スペクトルを考えるときは絶対値を表示するので,スペクトルの形状としてはこんな形になる.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_ft/abs_sinc.eps}

やる夫
ふーん,変なグラフだお.

やらない夫
ついでに,周波数領域の矩形関数をフーリエ逆変換する例もやっておこうか.


やる夫
フーリエ逆変換も計算はほとんど同じなんだお.だから余裕だお.$ t \neq 0$ の場合は

$\displaystyle {\cal F}^{-1}[G_{-a,a}(\Omega)]$ $\displaystyle = \frac{1}{2\pi}\int_{-\infty}^{\infty} G_{-a,a}(\Omega) e^{j\Omega t}d\Omega$ (3.28)
  $\displaystyle = \frac{1}{2\pi} \int_{-a}^{a} e^{j\Omega t} d\Omega$ (3.29)
  $\displaystyle = \frac{1}{\pi t} \frac{e^{jat} - e^{-jat}}{2j}$ (3.30)
  $\displaystyle = \frac{1}{\pi t} \sin{at}$ (3.31)

で,$ t = 0$ の場合は

$\displaystyle {\cal F}^{-1}[G_{-a,a}(\Omega)]\vert _{t=0}$ $\displaystyle = \frac{1}{2\pi}\int_{-a}^{a} e^{j\Omega\cdot 0}d\Omega$ (3.32)
  $\displaystyle = \frac{a}{\pi}$ (3.33)

になるお.

やらない夫
そうだな.時間領域の矩形関数は,周波数領域では反比例と sin をかけ合わせた関数になる.逆に,周波数領域の矩形関数も,時間領域では反比例 × sin になるわけだ.この「反比例 × sin」の形は信号処理ですごく重要なので「sinc 関数」という名前がついている.具体的には $ a = 1$ として,$ t = 0$ のときの値が 1 になるようにしたものを $ \mathop{\rm sinc}\nolimits t$ とすることが多い.

$\displaystyle \mathop{\rm sinc}\nolimits t$ $\displaystyle = \frac{\sin t}{t}$ (3.34)
$\displaystyle \mathop{\rm sinc}\nolimits\Omega$ $\displaystyle = \frac{\sin \Omega}{\Omega}$ (3.35)

やる夫
「多い」ってどういうことだお.そうしないこともあるのかお?

やらない夫
ああ,厄介なことにそうなんだ.今みたいに定義した $ \mathop{\rm sinc}\nolimits t$ は, $ t =
\pm\pi, \pm 2\pi, \pm 3\pi, \cdots$ で横軸と交わるだろ.

やる夫
そりゃ分子が sin なんだから,そうなるお.

やらない夫
ディジタル信号処理だと, $ t = \pm 1, \pm 2, \pm 3, \cdots$ で横軸と交わるようにしたものが便利な場合があるんだ.そうなるように $ a = \pi$ にして,ただし $ t = 0$ のときの値はやっぱり 1 になるように調整した


のことを sinc 関数,あるいは区別するために「正規化 sinc 関数」と呼ぶことがある.グラフはこうなるな.ぱっと見の形はさっきのと同じだが,グラフの目盛りに注意してくれ.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_ft/norm_sinc.eps}

なので,単に sinc 関数と言われた場合は,実際にはどっちを指しているかちょっと注意が必要だ.

やる夫
面倒くさいお.

やらない夫
まあとにかく,定数倍はさておくとして,矩形関数と sinc 関数がフーリエ変換対の関係になっていることを,しっかり把握しておいてくれ.

やる夫
ということは,sinc 関数に対してフーリエ変換の計算をすれば矩形関数が出てくるのかお?

やらない夫
出てくる.出てくるんだが,その計算は割とややこしい.何しろ sinc 関数は不定積分が初等関数の組み合わせで書けないんだ.なので積分の計算にいろいろと技巧が必要だ.というわけで「sinc と矩形はフーリエ変換対」と覚えておいて,例えば時間領域の sinc 関数のフーリエ変換が必要になったときには,周波数領域の矩形関数から考えて逆算するようにする方が楽ちんだ.

やる夫
ふーん,なんだかずるいお.

やらない夫
いいんだよ,ずるくても.この「フーリエ変換対をセットにして考える」という戦略はとても重要だ.sinc 関数の場合は単に計算が面倒なのを回避するだけだが,もっと根本的な問題を回避する場合にも有用なんだ.

やる夫
もっと根本的って,どんな場合だお?

やらない夫
フーリエ変換,あるいは逆変換が,普通の意味では存在できないような場合だ.「デルタ関数」がその典型例だ.


3.3.2 デルタ関数と複素指数関数

やる夫
デルタ関数…数学の授業で習った気はするお.

やらない夫
正確にはディラックのデルタ関数とか,あるいは単位インパルス関数と呼ばれることもあるが,どんなものだったか覚えているか?

やる夫
なんか,ある一点でだけ無限大の値を持って,それ以外の点では 0 になるようなやつだったお.ピーンとインパルスが立ってる感じだお.

やらない夫
ああ,イメージとしてはそれで OK だ.無理やり数式で書くとすると

$\displaystyle \delta(t)$ $\displaystyle = \left\{\begin{array}{ll} \infty, & t = 0 0, & t \neq 0 \end{array}\right.$ (3.37)

てな感じだな.これは $ t = 0$ のところにインパルスが立っている場合だ.図で描くときにはこんな風に矢印にすることで,無限大だという雰囲気をかもし出す約束になっている.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_ft/delta_func.eps}

ただし,こうやって書くだけではデルタ関数の性質をすべて伝え切れていない.この「無限大」のところがどんな無限大なのかが重要だ.具体的には,こういう性質を持つのがデルタ関数の「無限大」だ.

$\displaystyle \int_{-\infty}^{\infty} \delta(t) dt = 1$ (3.38)

やる夫
積分したら 1 になるわけだお.これがどう重要なのかお?

やらない夫
まず注意してほしいのは,この式では $ t$ の全区間を積分しているが, $ \delta(t)$ が 0 でない値を持つのは $ t = 0$ を跨ぐ瞬間のみだということだ.だから,$ t = 0$ を含むような積分範囲を取れば,積分値は必ず 1 になる.

それが何を意味するかというと,デルタ関数は,高さは無限大だけど面積は有限で 1 だということだ.

やる夫
高さが無限大で,幅が0で,かけたら1になるような短冊だってことかお.

やらない夫
そう考える手もあるかな.ともかく,単に「無限大です」ってんじゃなく,何らかの意味で「大きさを考えられる」という点が重要だ.単に無限大だと言われた場合は,その2倍とか3倍とかを考えることに意味がない.でもデルタ関数の場合は, $ 2\delta(t)$ とか $ 3\delta(t)$ とかがちゃんと意味を持っている.

やる夫
高さはどれも無限大だけど,面積はそれぞれ 2 と 3 だってことかお.

やらない夫
そういうことだ.この性質は,他の関数とデルタ関数をかけ合わせて積分するときに重要だ.有限の値を持つ関数 $ x(t)$ とかけ合わせて積分すると

$\displaystyle \int_{-\infty}^{\infty} \delta(t)x(t) dt = x(0)$ (3.39)

になる.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_ft/delta_by_x.eps}

やる夫
えーと,$ t = 0$ 以外ではデルタ関数が 0 だから,$ x(t)$ がどんな値を取ろうと積分には影響しなくて,$ t = 0$ ではデルタ関数の $ x(0)$ 倍になるから,結局面積は $ x(0)$ になる…という解釈でいいかお?

やらない夫
いいだろう.何かにデルタ関数をかけて積分するということは,その関数の瞬時値を切り出すことになるんだな.$ t = 0$ だけじゃなく他の時刻の値を切り出すこともできる.デルタ関数を $ t_1$ だけシフトした $ \delta(t - t_1)$ を使えばいい.$ t = t_1$ にインパルスが立っていることになる.これを他の有限値関数にかけて積分すると

$\displaystyle \int_{-\infty}^{\infty} \delta(t - t_1)x(t) dt = x(t_1)$ (3.40)

となる.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_ft/delta_T1_by_x.eps}

やる夫
$ t = t_1$ のときの瞬時値が取り出されるわけだお.

やらない夫
そう.どの場合も,積分範囲はインパルスの立っているところを含んでさえいれば OK だってことに注意しておこう.

やる夫
しかし,奇妙な関数というか不思議な関数だお.こんなもの実在するのかお?

やらない夫
うーん,実在という言葉の意味によるな.例えば音声信号とか電気信号として物理的に存在するかというと,振幅が無限大なんてのは無理だから,存在はしない.数学的にも,普通の「関数」としては存在しないと考えた方がいいだろうな.しかし,超関数という概念を導入することで,ちゃんと定義することができる.だから数学的にはちゃんと実在しているともいえる.

やる夫
超関数って,その中二病っぽい響きの単語は何なんだお.そういう難しそうなのは勘弁してほしいお.

やらない夫
まあそこに深入りする気はないので安心してくれ.とにかく信号処理を考える上ではものすごく重要な概念なので,やや天下りだが,こういうような性質をもった「関数っぽいもの」が存在すると考えればいい.

やる夫
そうしますお.

やらない夫
というわけで,デルタ関数をフーリエ変換するとどうなるか,というのがここからの主題だ.早速だが,$ \delta(t)$ をフーリエ変換してみたらどうなる?

やる夫
どうなるって言われても,まあ公式につっこんでみるお.

$\displaystyle {\cal F}[\delta(t)]$ $\displaystyle = \int_{-\infty}^{\infty} \delta(t) e^{-j\Omega t}dt$ (3.41)

で,デルタ関数をかけて積分しているんだから,$ t = 0$ の値だけが切り出されて

$\displaystyle {\cal F}[\delta(t)]$ $\displaystyle = e^{-j\Omega 0}$ (3.42)
  $\displaystyle = 1$ (3.43)

あれ? やけにあっさり求まったお.これでいいのかお?

やらない夫
OK だ.簡単だろ?

やる夫
拍子抜けだお.

やらない夫
でもこの結果はとても重要だ.時間領域のデルタ関数 $ \delta(t)$ の周波数スペクトルは定数 1 になる.これは何を意味する?


\includegraphics[scale=0.5]{fig_ft/pair_delta.eps}

やる夫
周波数に関わらず 1 なんだから,全部の周波数成分が等しく含まれているってことかお.

やらない夫
そういうことになる.逆にいうと,あらゆる周波数成分を等しく重ね合わせるとデルタ関数が作り出せるってことだな.

やる夫
サイン波なんて無限に続く信号なのに,それを足し合わせたら $ t = 0$ 以外の時刻では全部ゼロになってしまうのかお.不思議だお.

やらない夫
同様に,時刻 $ t_1$ にインパルスが立っているデルタ関数もフーリエ変換してみようか.

やる夫
$ \delta(t - t_1)$ を公式に入れればいいんだお.

$\displaystyle {\cal F}[\delta(t - t_1)]$ $\displaystyle = \int_{-\infty}^{\infty} \delta(t - t_1) e^{-j\Omega t}dt$ (3.44)
  $\displaystyle = e^{-j\Omega t_1}$ (3.45)

これでいいのかお.

やらない夫
ああ,この計算結果はどういう意味になる?

やる夫
ええと,周波数領域だから $ e^{-j\Omega t_1}$$ \Omega$ の関数だとして見なきゃいけないんだお.結局,$ \Omega$ と一緒に進んでいく螺旋になって,その螺旋の回転の速さが定数 $ t_1$ で表されているわけだお.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_ft/pair_delta_shift.eps}

やらない夫
$ e^{-j\Omega t_1}$ の解釈としてはその通りだな.時間領域で見てきた複素指数関数を,時間と周波数を入れ替えて考えればいい.さて, $ \delta(t - t_1)$ のスペクトルがこういう螺旋になるというのは,どう捉えればいいだろう?

やる夫
うーん,ピンと来ないお.

やらない夫
振幅と位相に分けて考えるといいかもな.振幅スペクトルだけ考えるとどうだ?

やる夫
$ \vert e^{-j\Omega t_1}\vert$$ \Omega$ に関わらず 1 だお.あ,そうか,だからあらゆる周波数が等しい振幅で含まれているっていう点では $ \delta(t)$ と同じなんだお.問題は位相だお. $ \angle e^{-j\Omega t_1} =
-\Omega t_1$ だから,周波数 $ \Omega$ の成分は, $ \Omega t_1$ だけ位相が遅れていることになるお.これってどういうことだお….

やらない夫
もう一度時間領域に戻って考えてみるといいぞ. $ \delta(t - t_1)$ ってのは,$ \delta(t)$ から時刻 $ t_1$ だけシフトしているわけだろ.そういう関数を合成するには,各周波数のサイン波をどうすればいいと思う?

やる夫
そりゃ,やっぱり時刻 $ t_1$ ずつシフトしてやればいいはずだお.周波数 $ \Omega$ のサイン波は 1 周期が $ 2\pi/ \Omega$ だから,位相で考えると,比例計算で


だけずらすことに相当するお.あっ,確かにこれが位相の遅れ分になっているお.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_ft/time_shift.eps}

やらない夫
そういうことだ.結局,あらゆる周波数を等しく含んでいるという点では $ t = 0$ にあるデルタ関数も $ t = t_1$ にあるデルタ関数も同じだ.時間がシフトしている分は位相の違いになって現れるが,「同じ時刻」だけずらすために必要な「位相の量」は周波数によって違う.その結果として現れるのが $ e^{-j\Omega t_1}$ だ.

やる夫
なるほど.ようやく見えてきたお.

やらない夫
ついでに, $ e^{-j\Omega t_1}$$ t_1 = 0$ を代入したら 1 になることも指摘しておこう.だから,デルタ関数 $ \delta(t - t_1)$ のフーリエ変換は $ e^{-j\Omega t_1}$ で,その $ t_1 = 0$ の特殊例が 1 になっていると理解しておくのがよいと思う.

やる夫
ということは, $ e^{-j\Omega t_1}$ をフーリエ逆変換するとデルタ関数が出てくるはずだお.計算してみるお!

$\displaystyle {\cal F}^{-1}[e^{-j\Omega t_1}]$ $\displaystyle = \frac{1}{2\pi} \int_{-\infty}^{\infty} e^{-j\Omega t_1} e^{j\Omega t} d\Omega$ (3.47)
  $\displaystyle = \frac{1}{2\pi} \int_{-\infty}^{\infty} e^{j\Omega (t - t_1)} d\Omega$ (3.48)
  $\displaystyle = \frac{1}{2\pi} \frac{1}{j(t - t_1)} \left[ e^{j\Omega (t - t_1)} \right]_{-\infty}^{\infty}$ (3.49)

あれ? ダメだお. $ e^{j\Omega (t - t_1)}$ $ \Omega \rightarrow
\pm\infty$ にしたときの値が定まらないお.

やらない夫
ああ,それがさっき言った根本的な問題だ.よくよく考えてみると,デルタ関数なんて普通の「関数」ではなかったわけだろ.普通の意味の積分の結果としてさくっと出てくるようなものではないんだ.特殊な取扱いが必要になる.

sinc 関数をフーリエ逆変換するときのように「計算が難しい」のとはちょっと話が一味違う.

やる夫
じゃあどうすればいいのかお?

やらない夫
あきらめる.

やる夫
あきらめるのかお! あきらめたらそこで試合終了だお!

やらない夫
あきらめないためには超関数論にまともに踏み込まないといけないからな.そこで「フーリエ変換対をセットにする」考え方の出番だ. $ \delta(t - t_1)$ をフーリエ変換したら $ e^{-j\Omega t_1}$ になると知っているんだから, $ e^{-j\Omega t_1}$ のフーリエ逆変換が $ \delta(t - t_1)$ になることもわかっていると考えてしまう.

やる夫
さっきも言ったけど,ずるいお.

やらない夫
さっきも言ったが,ずるくて構わない.ともかく,複素指数関数をフーリエ変換しなくちゃならない状況になったときに,あー,これはデルタ関数になるなと思い出して,逆から計算できるようになれれば勝ちだ.差し詰め,試合に負けて勝負に勝つといったところか.

やる夫
あ,やっぱり試合は終了なのかお.

やらない夫
同様に,周波数領域のデルタ関数 $ \delta(\Omega)$ とか,それを定数 $ \Omega_1$ だけシフトした $ \delta(\Omega - \Omega_1)$ とかのフーリエ逆変換も計算しておこうか.やり方はほとんど同じだ.

やる夫
同じように計算すると

$\displaystyle {\cal F}^{-1}[\delta(\Omega - \Omega_1)]$ $\displaystyle = \frac{1}{2\pi} \int_{-\infty}^{\infty} \delta(\Omega - \Omega_1) e^{j\Omega t} d\Omega$ (3.50)
  $\displaystyle = \frac{1}{2\pi} e^{j\Omega_1 t}$ (3.51)

になるお. $ \Omega_1 = 0$ の場合は

$\displaystyle {\cal F}^{-1}[\delta(\Omega)]$ $\displaystyle = \frac{1}{2\pi}$ (3.52)

だお.時間領域 → 周波数領域のときとは,定数倍されているのと指数部の符号が違うだけだお.

やらない夫
ああ,フーリエ変換とフーリエ逆変換の定義の違いをそのまま反映しているわけだな.直観的にも解釈しやすい結果だと思うぞ.角周波数 $ \Omega_1$ の振動は, $ \Omega = \Omega_1$ のところにインパルスが立つスペクトルになるわけだ.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_ft/pair_exp.eps}

特に $ \Omega_1 = 0$ の振動ってのは,つまり直流のことだから, $ \Omega = 0$ のところにインパルスが立つことになる.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_ft/pair_unity.eps}

やる夫
ああ,言われてみるとそうだお.

やらない夫
じゃあ練習問題. $ \cos{\Omega_1 t}$ のフーリエ変換はどうなるか.

やる夫
えーと,…複素指数関数とデルタ関数がフーリエ変換対だって話の流れだったから,オイラーの公式で複素指数関数表示してみるお.

$\displaystyle \cos{\Omega_1 t}$ $\displaystyle = \frac{e^{j\Omega_1 t} + e^{-j\Omega_1 t}}{2}$ (3.53)
  $\displaystyle = \frac{1}{2} e^{j\Omega_1 t} + \frac{1}{2} e^{-j\Omega_1 t}$ (3.54)

えーっと,時間領域での和は,周波数領域でもそのまま和にしてよかったかお?

やらない夫
ああ,2つの信号を加算したときの周波数成分だからな.元のそれぞれの信号の周波数成分の和になる.フーリエ変換の定義式から見ても明らかだろう.もちろん定数倍された信号の周波数成分も,やっぱり元の信号の周波数成分の定数倍だとして OK だ.つまり,フーリエ変換は線形変換だ.

やる夫
じゃあさっきの $ e^{j\Omega_1 t} \leftrightarrow 2\pi \delta(\Omega - \Omega_1)$ の関係を使って,

  $\displaystyle \frac{1}{2} e^{j\Omega_1 t} + \frac{1}{2} e^{-j\Omega_1 t}$ (3.55)
$\displaystyle \stackrel{\cal F}{\longrightarrow}$ $\displaystyle \pi\delta(\Omega - \Omega_1) + \pi\delta(\Omega + \Omega_1)$ (3.56)

になるはずだお.

やらない夫
そうだな.正の周波数 $ \Omega_1$ と負の周波数 $ -\Omega_1$ のところにインパルスが立ったスペクトルになるわけだ.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_ft/pair_cos.eps}


3.4 フーリエ級数とフーリエ変換の関係

やる夫
うーん

やらない夫
どうした? 何か納得行かない顔をしてるな.

やる夫
今日の話って元々,周期信号しか扱えなかったフーリエ級数展開を,周期的じゃない信号に適用できるようにするって流れだったお.それで出てきたのがフーリエ変換なわけだお.

やらない夫
そうだったな.

やる夫
でも,さっき計算した $ e^{j\Omega_1 t}$ とか $ \cos{\Omega_1 t}$ とかも周期的な信号なんだお.周期的な信号もフーリエ変換できるなら,フーリエ級数はもう要らないのかお?

やらない夫

いい質問だな.じゃあ,三角関数や複素指数関数に限らず一般論として,周期 $ T_0$ で周期的な信号 $ f(t)$ をフーリエ変換したときにどうなるかを考えてみようか.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_ft/periodic_ft_again.eps}

周期信号だから,フーリエ級数に展開できるわけだ.

$\displaystyle f(t)$ $\displaystyle = \sum_{k=-\infty}^{\infty} F_k e^{j\Omega_0 k t}$ (3.57)

この両辺をフーリエ変換する.

$\displaystyle {\cal F}[f(t)]$ $\displaystyle = \sum_{k=-\infty}^{\infty} F_k {\cal F}[e^{j\Omega_0 k t}]$ (3.58)
  $\displaystyle = \sum_{k=-\infty}^{\infty} 2\pi F_k \delta(\Omega - \Omega_0 k)$ (3.59)

最後の式変形では $ e^{j\Omega_1 t} \leftrightarrow 2\pi \delta(\Omega - \Omega_1)$ の関係を使った.

やる夫
えーと,デルタ関数を $ \Omega_0 k$ だけシフトしたものを $ k$ について足し合わせているので,$ \Omega_0$ 間隔でデルタ関数がならんだような形になるわけだお.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_ft/delta_train_F.eps}

やらない夫
これがどういう意味か考えてみようか. $ f(t)$ の周波数成分がどんな風になっているかを考えると,まず,基本角周波数 $ \Omega_0$ の整数倍以外の周波数成分がゼロになっているのは,まあ OK だろう?

やる夫
それは想定範囲内だお.フーリエ級数のときと同じで,$ \Omega_0$ の整数倍以外の成分があったら元の信号の周期が $ T_0$ になりそうもないお.

やらない夫
問題は,$ \Omega_0$ の整数倍のところ,つまり $ \Omega = \Omega_0 k$ の場合だ.フーリエ変換の公式に $ \Omega = \Omega_0 k$ を代入した場合を考えていることになる.

$\displaystyle F(\Omega_0 k)$ $\displaystyle = \int_{-\infty}^{\infty} f(t) e^{-j\Omega_0 k t}dt$ (3.60)

この式と,フーリエ係数を求める式 (2.28) を見比べてくれ.

$\displaystyle F_k$ $\displaystyle = \frac{1}{T_0} \int_{-T_0/2}^{T_0/2} f(t) e^{-j\Omega_0 k t}dt$ (3.61)

やる夫
ほとんど同じだお.フーリエ係数を計算するときの $ 1/T_0$ 倍をやめて,積分範囲が 1 周期分だったのを $ -\infty$ から $ \infty$ までに変えたのがフーリエ変換になるお.

やらない夫
そうだな.フーリエ係数を計算するときは,周期関数の 1 周期分だけを積分することで有限の値 $ F_k$ を得ていたわけだ.フーリエ変換するときは,まず $ T_0$ 倍が必要だがそれはさておいても,この 1 周期分の積分を無限個足し合わせなきゃならない.

やる夫
んー,無限…? ああ,周期信号だから,1周期分のコピーが延々に続くわけだお.だから無限に足し合わせることになるんだお.

やらない夫
そう,だから $ \Omega_0$ の整数倍のところでは,フーリエ変換の値は無限大に発散する.それが,周期関数のフーリエ変換がデルタ関数の並んだものになる理由だ.三角関数や複素指数関数をフーリエ変換したときにデルタ関数が出てくるのも,その特殊な場合になっているだけだな.

やる夫
なるほど,辻褄は合ってるお.

やらない夫
デルタ関数が「普通の意味での関数」ではなかったことを思い出してくれ.言い換えると,周期信号は,普通の意味ではフーリエ変換が存在しないってことだ.それでは不便なので,関数の意味を拡張して考えている.本来はもっと厳密な扱いが必要だ.もし避けることができるなら避けておきたい.

やる夫
正直,どっちみち厳密性にはあまり興味ないから,今のままのゆるーい理解でいいなら,別に避けなくてもいいんじゃないかお?

やらない夫
数学的な厳密性に興味がない場合でも,例えば実際にコンピュータで計算しようと思ったら,無限大を扱うのは厄介だろ.

やる夫
ああ,それはそうかも知れないお.紙の上に描くなら矢印にすればいいだけだけど,コンピュータではそうもいかないお.

やらない夫
そういう面倒さを避けるために,1 周期だけ積分することにしたのがフーリエ係数だ,と考えてもいいかな.どうせ周期的な信号なんだから,1 周期分だけ考えれば各周波数成分がどういう「割合」で含まれているかを知るには十分だ.

やる夫
結局,周期信号をフーリエ変換すると,フーリエ級数展開したときの $ F_k$ に比例した高さのデルタ関数が並ぶことになるってことでいいのかお?


\includegraphics[scale=0.5]{fig_ft/relation_fs_ft.eps}

やらない夫
そういうことになるな.

やる夫
どうして式 (3.59) は, $ F_k \delta(\Omega - \Omega_0
k)$ じゃなくて $ 2\pi F_k \delta(\Omega - \Omega_0 k)$ が並んだものになるのかお? $ 2\pi$ はどこから来たんだお?

やらない夫
ほら,フーリエ変換の公式を導くときに$ 1/2\pi$ を無理やりくくり出しただろう.その分の辻褄を合わせるために出てきたものだ.

やる夫
あー,そういえばそうだったお.

やらない夫
今まで見てきたような話を,フーリエ逆変換の視点から見ておくことも重要だ.各周波数成分が有限値 $ F_k$ で,それ以外が 0 になっているようなスペクトル $ F(\Omega)$ が与えられたとしよう.そのままフーリエ逆変換の公式に入れるとどうなる?

やる夫
どうなるって…,$ F(\Omega)$ $ e^{j\Omega t}$ をかけて積分するから…,ん? 積分っていっても飛び飛びにしか値がないんだお.こんなもの積分しても何も出てこないお.

やらない夫
ああ.まず,高校で習ったような,等幅の短冊の面積の総和で近似して極限を取るような考え方では,こういう飛び飛びにしか値がないような関数の積分は定義できない.だからもう少しうまく定義された積分を導入する必要があるんだが,いずれにせよ,こういう「面積のない」関数の積分は 0 になる.

やる夫
なんかよくわからないけど,面積がないから積分が 0 って話は抵抗なく受け入れられるお.

やらない夫
フーリエ逆変換したら全部 0 になっちゃうようではお話にならないわけだ.だから,各 $ F_k$ に比例したデルタ関数を考えてやることにして「面積を持つ」ようにしてやるわけだ.そうすればフーリエ逆変換の公式で,うまく時間信号に戻るようになる.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_ft/relation_fs_ft_inv.eps}

やる夫
うーん,雰囲気はわからないでもないけど,いまいち理解しにくいお.

やらない夫
雰囲気だけでもつかんでおくといい.というのは,この考え方は後々いろんなところで出てくるんだ.

座標軸上の飛び飛びの点でしか値をもたないような,つまり離散的な信号に対して,連続信号用の処理を適用したいときに,デルタ関数をかけておくことで各点の値に「面積」を持たせるという考え方だ.離散信号と連続信号が同じ密度を持つようにするためのトリックだと思ってもいい.

やる夫
ピンと来ないお.

やらない夫
実は同じような考え方は今回の最初の方で既に使っているんだ.フーリエ級数からフーリエ変換に移行するときに,「線の長さの総和」を「短 冊の面積の総和」に置き換えただろ.短冊の面積に置き換える代わりに,「デルタ関数の面積」に置き換えているのが今の話だ.

やる夫
うーん,わかったような,わからないような感じだお.

やらない夫
まあ,またすぐに別の具体例が出てくるので,そのとき話そう.

swk(at)ic.is.tohoku.ac.jp
2016.01.08