9. フーリエ変換の性質(3): パーセバルの等式 ― 正規直交展開としてのフーリエ変換

9.1 パーセバルの等式

やらない夫
フーリエ変換の性質の3つめだ.パーセバルの等式とかパーセバルの関係とか呼ばれるものを紹介しよう.


やる夫
聞いたことあるお.たぶん数学の授業でやったお.

やらない夫
ついでに,これと等価なんだが「一般化パーセバルの等式」などと呼ばれるものも紹介しておこう.

$\displaystyle \frac{1}{T_0} \int_{-T_0/2}^{T_0/2} h(t)x^{*}(t) dt$ $\displaystyle = \sum_{k = -\infty}^{\infty} H_k X^{*}_k$ (9.5)
$\displaystyle \int_{-\infty}^{\infty} h(t)x^{*}(t) dt$ $\displaystyle = \frac{1}{2\pi} \int_{-\infty}^{\infty} H(\Omega)X^{*}(\Omega) d\Omega$ (9.6)
$\displaystyle \sum_{n=-\infty}^{\infty} h[n]x^{*}[n]$ $\displaystyle = \frac{1}{2\pi} \int_{-\pi}^{\pi} H(\omega)X^{*}(\omega) d\omega$ (9.7)
$\displaystyle \sum_{n=0}^{N-1} h[n]x^{*}[n]$ $\displaystyle = \frac{1}{N} \sum_{k=0}^{N-1} H[k] X^{*}[k]$ (9.8)

やる夫
んーと,例えば式(9.5)で $ h = x$ な場合が式(9.1)に一致するので,確かにある種の一般化になっているわけだお.…ってあれ? 今「等価」って言ったかお?

やらない夫
ああ.言った.

やる夫
等価と一般化じゃだいぶ話が違うお.そもそも本当に等価なのかお? つまり,式(9.1) から 式(9.5) は導けるのかお?

やらない夫
のっけから鋭いじゃないか.実はその答えは yes だ.式(9.1)で $ x$ のところに $ h + x$$ h - x$ を代入して計算していくと,式(9.5)の実部と虚部が出てくる.実際の計算は,まあ練習問題ということにしておこうか.

やる夫
ぐぬぬ.

やらない夫
というわけで,「一般化」という名称はあまり適切じゃないんだが,そう呼ばれることが多いので,まああまり気にしないことにしておこう.ともかく,今日話したいのは,これらの等式が持つ意味についてだ.

やる夫
意味って言われても困るお….とりあえず,時間領域と周波数領域でそれぞれなんか積分したり総和したりしたものが一致してるってのはわかるお.

やらない夫
その「なんか積分したり総和したり」という部分が重要だ.式(9.5) で考えようか.左辺の積分は,フーリエ級数を導入したときに説明したように,関数 $ h(t)$$ x(t)$ の内積を表していると解釈できる.

やる夫
あー,そういえばそんな話をしたお.複素ベクトル $ [h_1, h_2, h_3]$ $ [x_1, x_2, x_3]$ の内積が $ \sum_{i=1}^{3} h_i x^{*}_i$ になることからの類推で, $ \int h(t)
x^{*}(t)dt$$ h(t)$$ x(t)$ の内積とみなすことにしたんだったお.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_parseval/inner_prod.eps}

やらない夫
右辺の総和も,要素数が無限個だってことを置いておけば内積そのものだと思っていいだろう.そのほか式(9.5)〜 (9.8)の左辺・右辺いずれも,それぞれの場合の内積だと思ってくれ.

やる夫
離散な場合は総和,連続な場合は積分で,周期的な場合は1周期分のみ,そうじゃないときは $ -\infty$$ \infty$ の範囲を考えてるんだお.逆にいうと,そういうところが違う以外は似たようなもんだお.

やらない夫
そういう見方ができるようになると,これら一般化パーセバルの等式が主張していることは簡単に説明できる.いずれの場合も,左辺は時間領域での内積であって,右辺は周波数領域で考えた場合の内積だ.つまり,任意の2つの信号の内積は,時間領域でも周波数領域でも (定数倍を除いて) 等しい.フーリエ変換は内積を (定数倍を除いて) 保存するということだ.

やる夫
定数倍うんぬんがいちいちうざいお.

やらない夫
確かにそうだな.でもまあ,別にパーセバルの等式に限らず,定数倍が鬱陶しいのはフーリエ変換全般にいえることだからな.そういう風に定義されて世の中で使われてしまったんだからしかたない.

やる夫
「一般化」じゃないパーセバルの等式(9.1)〜 (9.4)の方も同じように捉えていいのかお?

やらない夫
ああ,同じ $ x$ 同士の内積を考えているので,つまり信号のある種のノルムが時間領域でも周波数領域でも変わらないことを言っているわけだ.

やる夫
ある種のノルムって言われても困るお.

やらない夫
現実世界の現象に即して考えるといいかもな.例えば $ x(t)$ が電圧を表しているとしようか.この電圧が一定値の抵抗にかかっているとすると,$ x^2(t)$ ってのは電力に比例するわけで,それを時間積分したものは消費エネルギーに比例する量なわけだ.

やる夫
なるほど,それはわかるお.

やらない夫

で,それを周波数領域に持っていくと,もう単位が何だかわからなくなるので想像しにくくなるんだが,同じように周波数スペクトルの持つエネルギーに相当する量を右辺は表していると考えようか.時間領域の方も,実は $ x(t)$ は電圧じゃなくて全然違う次元の物理量かもしれないが,今の話からの類推で信号のエネルギーを表していると考えてしまう.そうすると,パーセバルの法則は,時間領域で表しても周波数領域で表しても,信号のエネルギーは (定数倍を除いて) 一致すると主張していることになる.

9.2 関数をベクトルとみなす

やる夫
うーん,でも結局,$ h(t)$$ x(t)$ の内積ってのがさっぱりピンと来ないお.ベクトルでもないのに, $ \sum_i h_i x^{*}_i$ と似ているからって $ \int h(t)
x^{*}(t)dt$ を内積だって呼ぶのは無茶じゃないかお?

やらない夫
いや,立派にベクトルだぞ.

やる夫
え? どうしてだお?

やらない夫
じゃあ逆に聞くが,ベクトルって何だ?

やる夫
え,えっと,そりゃ,何かこう,矢印みたいなものだお.あ,そうだ.空間内での方向と大きさをもった量,それがベクトルだお (キリッ

バキ
方向と大きさをもった量がベクトルである… そんなふうに考えていた時期が 俺にもありました.

やる夫
いやいや,だからあんた誰だお.

やらない夫
まあ,完全に間違いとは言えないが,大学生の答えとして満点はあげられないな.

やる夫
ひどいお.完璧な答えだったつもりだお.じゃあどういう答えが正解なんだお?

やらない夫
ベクトルの公理を満たすもの.それがベクトルだ.

やる夫
は? 禅問答かお.

やらない夫
無意味に聞こえるかもしれないが,それが現代の数学のやり方だ.何か抽象的な集合を考えて,その集合の要素間の操作が一定のルールを満たすものとする.それによって,我々が素朴に知っている数学的構造を,厳密に,本質だけにそぎ落とした形で定義しようとするわけだ.

やる夫
いや,あの,抽象的過ぎてついていけませんお.

やらない夫
今の話でいくと,我々が素朴に知っている構造というのはさっきやる夫が説明したベクトルだ.方向と大きさを持った量だったな.でも現代数学では,そういう素朴なベクトルが持つさまざまな性質が現れるためには,最低限どういうルールを定めておけばよいのかということを突きつめて考えて,そのルールをスタート地点とするというやり方をする.そういう風にして要素間の操作のルールが定められた集合のことをベクトル空間と呼んで,ルール自体のことはベクトルの公理と呼ぶわけだ.

やる夫
で,どんなルールなのかお?

やらない夫
それは数学の教科書の最初の方に書いてあるはずだからそっちを参照して欲しい. Wikipedia を見てもいいかな.

やる夫
丸投げかお.

やらない夫
同様に,内積の公理を満たすものを内積と呼ぶわけだ.内積が定義されたベクトル空間のことを内積空間と呼ぶ.内積の公理も教科書とか Wikipedia とかでも参照して欲しい.

やる夫
うーん,まだわからんお.どうしてそんな回りくどいことをしなくちゃいけないんだお.ベクトルは矢印,それじゃダメなのかお.

やらない夫
ベクトルは矢印,そう思っているうちは,線形代数で学んだいろいろな成果が,矢印の範囲でしか応用できない.そうじゃなく,公理を満たすものはすべてベクトルだと考えると,応用範囲が格段に広くなる.なぜなら,線形代数で学んだベクトルのいろいろな性質は,公理のみから導き出されているからだ.ちゃんとした教科書であれば,ベクトルが矢印であるということは一切前提とせずにすべての定理が証明されているはずだ.

やる夫
ということは,ベクトルの公理を満たしてさえいれば,「矢印ベクトル」じゃなくても,線形代数で習ったいろんな定理を安心して適用していいってことかお.

やらない夫
そういうことだ.元の話に戻すと,$ h(t)$ とか $ x(t)$ という関数をベクトルとみなそうという話だった.関数としてのごく自然な定数倍 $ \alpha x(t)$ と和 $ h(t) + x(t)$ を考えてやると,ベクトルの公理がすべて満たされていることは簡単に確認できる.この意味で,関数をベクトルだと考えることにする.

やる夫
そうすると,線形代数の結果を関数に適用できるようになるというわけだお.

やらない夫
そうだな.それともう一つ,関数に対する操作を,あたかも「矢印ベクトル」に対する操作のようにイメージして捉えることができるようになる.そうすることによって,いろいろと見通しがよくなる場合があるわけだ.

やる夫
内積についても同じかお?

やらない夫
そう.$ h(t)$$ x(t)$ から定まる量 $ (h(t), x(t)) = \int h(t)x^{*}(t)dt$ を考えると,これは内積の公理を満たすことが確認できる.…ただし,本当はこの積分が収束するかどうかの議論が必要だ.つまり,収束しないような関数を除外した集合を考えてやる必要がある.その辺は深入りせず,そういう関数の集合の範囲で最初から考えていることにしよう.

やる夫
そういうふうに考えると,パーセバルの等式も安心して使えるわけだお.


9.3 ベクトルの正規直交展開とフーリエ級数展開

やらない夫
せっかく関数をベクトルと捉える視点を得たので,その見方でフーリエ級数展開を見直してみようと思う.その上で,後でまたパーセバルの等式に戻ってくることにしよう.

やる夫
ああ,なんかややこしい話に首をつっこんじゃった気がするお.

やらない夫
まあそう言うな.この視点はとても重要だ.さて,やる夫もおなじみの「矢印ベクトル」の復習から始めよう.ベクトル空間には基底と呼ばれるベクトルの組を取ることができて,任意のベクトルは各基底の方向を向いたベクトルの和に一意に分解できるんだった.って話は大丈夫か?

やる夫
ええと,辛うじて大丈夫な気がするお.$ N$次元のベクトル空間であれば,$ N$ 本の線形独立なベクトル $ \{ \bm{v}_1, \bm{v}_2, \cdots \bm{v}_N \}$ を取ることができて,どんなベクトルでもそれらの線形結合 $ a_1 \bm{v}_1 + a_2 \bm{v}_2 + \cdots + a_N \bm{v}_N$ として表せるようにできるんだお.そういう $ \{ \bm{v}_1, \cdots \bm{v}_N \}$ のことを基底と呼ぶんだお.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_parseval/vector_decomp.eps}

やらない夫
いいだろう.基底の取り方は自由だが,もし可能であれば「正規直交基底」になるように取ると便利だった.

やる夫
あー,なんかそんなのもあったお.

やらない夫
今考えているベクトル空間に内積 $ (\bm{x}, \bm{y})$ が定義されているとしよう.基底 $ \{ \bm{e}_1, \bm{e}_2, \cdots, \bm{e}_N \}$ $ (\bm{e}_i,
\bm{e}_j) = \delta_{i,j}$ を満たすとき,正規直交基底と呼ぶんだった.

やる夫
クロネッカーのデルタだお.えーと,あ,そうか.各基底ベクトルの長さが 1 に正規化されていて,かつ異なる基底ベクトル間の内積が 0,つまり直交するように取ったのが正規直交基底だったお.

やらない夫
ベクトル $ \bm{x}$ を正規直交基底 $ \{ \bm{e}_1, \bm{e}_2, \cdots, \bm{e}_N \}$ を使って分解すると,各基底ベクトル方向の成分が簡単に書き表せる.具体的には $ \bm{e}_i$ の成分の大きさは内積 $ (\bm{x}, \bm{e}_i)$ になる.

やる夫
えーと,図で描くと,要はこういうことだお.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_parseval/vector_decomp_orthonorm.eps}

$ \bm{x}$ から $ \bm{e}_i$ の延長線上に垂線を下ろして,分解された成分の長さを決めるんだお.その成分の長さは,$ \bm{x}$$ \bm{e}_i$ の間の角度を $ \theta$ として $ \vert\vert\bm{x}\vert\vert\cos\theta$ になるわけだけど, $ \vert\vert\bm{e}_i\vert\vert = 1$ だから, $ \vert\vert\bm{x}\vert\vert\cos\theta = \vert\vert\bm{x}\vert\vert \vert\vert\bm{e}_i\vert\vert\cos\theta
= (\bm{x}, \bm{e}_i)$ になるんだお.

やらない夫
おお,矢印は得意みたいだな.さすがだ.

やる夫
微妙に馬鹿にされている気がするお.

やらない夫
ともかく,任意のベクトルが $ \bm{x} = (\bm{x}, \bm{e}_1)\bm{e}_1 +
(\bm{x}, \bm{e}_2)\bm{e}_2 + \cdots + (\bm{x}, \bm{e}_N)\bm{e}_N$ と分解できることになる.シグマ記号を使って表すと


だな.このように表すことを正規直交展開と呼んだりする.

やる夫
$ \bm{x}$ を基底の線形結合で表すときの各係数が,$ \bm{x}$ と各基底ベクトルの内積で計算できるわけだお.

やらない夫
さて,この「矢印のベクトル」に関する知識を,「関数のベクトル」に適用してやろう.考えるのは,フーリエ級数と同じ土俵,つまり,区間 $ [-T_0/2,
T_0/2]$ で定義される関数ということにしておこう.内積の定義は $ (x(t), y(t)) = \int_{-T_0/2}^{T_0/2} x(t) y^{*}(t) dt$ だ.この場合に,任意の関数 $ x(t)$ を正規直交展開することを考える.そのために,まずは正規直交基底を決めてやる必要がある.

やる夫
ええと, $ \{ e_1(t), e_2(t), \cdots, e_N(t) \}$ で正規直交なもの,つまり $ (e_i(t), e_j(t)) =
\int_{-T_0/2}^{T_0/2} e_i(t) e_j^{*}(t) dt = \delta_{i,j}$ となるようなものを見つけようって話になるかお?

やらない夫
うーん,ちょっと惜しい.基底が$ N$本でいいのは $ N$次元ベクトル空間の場合だ.今考えている関数の空間は,実は無限次元なんだ.だから,基底も無限個必要だ.普通の線形代数の教科書は有限次元のベクトル空間しか扱っていないものが多いと思うので,この辺はちょっと天下りになるが,そういうものだと思って話を進めよう.つまり,正規直交性 $ (e_i(t), e_j(t)) = \delta_{i,j}$ を満たすような,無限個の関数を探さなくちゃならない.

やる夫
ええー,そんな都合のいいもの見つかるのかお?

やらない夫
ああ.思い出して欲しいのは,式(2.19)の複素指数関数の直交性だ.

$\displaystyle \int_{-T_0/2}^{T_0/2} e^{j\Omega_0 m t} \left\{e^{j\Omega_0 n t}\right\}^{*} dt= T_0 \delta_{m,n}$ (2.19)

やる夫
おー,そうだ,確かにやったお.あっ,でも $ \delta_{m,n}$ じゃなくて $ T_0$ 倍なんていう余計なものがついているお.

やらない夫
そうだな.つまり,複素指数関数群は直交するけど,正規化はされていない.長さが 1 じゃないんだな.でもこれは大した問題じゃなくて,最初から $ \sqrt{T_0}$ で割っておければいいだけの話だ.つまり,


というように決めてやろう.これで正規直交になる.

やる夫
あ,それでいいのかお.

やらない夫
これで準備はできた.式(9.9) にならって,任意の関数 $ x(t)$

$\displaystyle x(t)$ $\displaystyle = \sum_{k = -\infty}^{\infty} (x(t), e_k(t)) e_k(t)$ (9.11)

と展開できる.内積 $ (x(t), e_k(t))$ の部分を新しい記号 $ \tilde{X}_k$ で書いてやることにしようか.つまり

$\displaystyle \tilde{X}_k$ $\displaystyle = (x(t), e_k(t))$ (9.12)
  $\displaystyle = \int_{-T_0/2}^{T_0/2} x(t) \left\{\frac{1}{\sqrt{T_0}} e^{j\Omega_0 k t}\right\}^{*} dt$ (9.13)
  $\displaystyle = \frac{1}{\sqrt{T_0}} \int_{-T_0/2}^{T_0/2} x(t) e^{-j\Omega_0 k t} dt$ (9.14)

だ.こうすると,さっきの展開は

$\displaystyle x(t)$ $\displaystyle = \sum_{k = -\infty}^{\infty} \tilde{X}_k e_k(t)$ (9.15)
  $\displaystyle = \frac{1}{\sqrt{T_0}} \sum_{k = -\infty}^{\infty} \tilde{X}_k e^{j\Omega_0 k t}$ (9.16)

と書ける.…これらの式に見覚えないか?

やる夫
えっ,あっ,そうか,式(9.16) が複素指数型のフーリエ級数展開に,式(9.14) がそのフーリエ係数の計算にそっくりだお.定数倍のところが違うだけだお.

やらない夫
そういうことだ.実際, $ X_k = \frac{1}{\sqrt{T_0}}\tilde{X}_k$ と置き直してやると,おなじみのフーリエ級数に一致する.

キバヤシ
そう,フーリエ級数展開とは,複素指数関数系を基底とした正規直交展開のことだったんだよ!!

ΩΩΩ
なっ,なんだってーー!?

やる夫
いや,いやいやいや,だからあんたらも誰だお.どっから入って来たお.

やらない夫
ともかく,こういうふうに見てやると,フーリエ級数を幾何学的に捉えることができるわけだ.信号をベクトルとみなして,各周波数に対応した基底の方向に分解してやる.これがフーリエ級数展開だ.分解された各成分の大きさは,元の信号と各基底の内積で表される.これがフーリエ係数だ.ただし,実際には「正規」じゃない直交基底 $ \{ e^{j\Omega_0 kt}\}$ で展開してしまうので,後から定数倍の辻褄を合わせる必要が出てくるんだけどな.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_parseval/fs_orthonorm.eps}

やる夫
その辺りが,変な定数倍が出てくる理由なわけだお.

やらない夫
次の話題に行く前に,今の議論で誤魔化したところを指摘しておこうと思う.それは,式(9.10) の $ \left\{ \frac{1}{\sqrt{T_0}}e^{j\Omega_0 k t} \right\}_{k = -\infty}^{\infty}$ は本当に基底なのか? ということだ.

やる夫
えー,それって今の話を全部揺るがしかねない話じゃないかお.どういうことだお.

やらない夫
基底であるためには,考えている空間に属しているあらゆる関数を,それらの線形結合として表せなくちゃならない.それってのは結局, フーリエ級数を導入したときに補足説明したような,級数がちゃんと収束して,元の関数と一致するかどうかという話と同じ議論に行き着くんだ.我々はその辺の厳密な話には目をつぶって,式 (9.10) が基底になるような関数の集合があるものとして,その範囲で考えているんだということに,一応注意しておいて欲しい.

やる夫
ふーん,本当はいろいろ厄介なんだお.

9.4 正規直交展開とパーセバルの等式

やらない夫
さて,そんなわけでパーセバルの等式に戻ろうか.

やる夫
あ,そういえばそれが話の発端だったお.忘れてたお.

やらない夫
フーリエ級数の場合の一般化パーセバルの等式 (9.5) の左辺の積分のところから見ていこう.

$\displaystyle \int_{-T_0/2}^{T_0/2} h(t)x^{*}(t) dt$ (9.17)

ここで $ h(t)$$ x(t)$ をフーリエ級数展開したもので置き換える.ただし,ベクトルの正規直交展開として眺めたいので,式(9.16)の方の流儀で書くことにしよう.


やる夫
基底は $ e_k(t)$ って書いたまま進めるのかお.

やらない夫
ああ,あくまで正規直交基底 $ \{ e_k(t) \}$ で展開しているんだってことを忘れずに進めていこう.計算を続けると

$\displaystyle \int_{-T_0/2}^{T_0/2} h(t)x^{*}(t) dt$ $\displaystyle = \sum_{k = -\infty}^{\infty} \sum_{l = -\infty}^{\infty} \tilde{H}_k \tilde{X}^{*}_l \int_{-T_0/2}^{T_0/2} e_k(t) e_l^{*}(t) dt$ (9.19)
  $\displaystyle = \sum_{k = -\infty}^{\infty} \tilde{H}_k \tilde{X}^{*}_k (e_k(t), e_k(t)) + \sum_{k \neq l} \tilde{H}_k \tilde{X}^{*}_l (e_k(t), e_l(t))$ (9.20)

やる夫
えーと,これは何をしているのかお….あ,カッコを展開して,積分と総和を入れ替えて,同じ基底同士をかけているところと,そうじゃないところに分けてまとめてるんだお.

やらない夫
そう.で,ここで正規直交性の出番だ. $ (e_k(t), e_l(t)) = \delta_{k,l}$ なので前半の $ k = l$ のところだけが残る.結局

$\displaystyle \int_{-T_0/2}^{T_0/2} h(t)x^{*}(t) dt$ $\displaystyle = \sum_{k = -\infty}^{\infty} \tilde{H}_k \tilde{X}^{*}_k$ (9.21)

になる.

やる夫
式(9.5)とほとんど同じ等式が得られたお.

やらない夫
ああ,定数倍が違うだけだな.

やる夫
$ H_k = \frac{1}{\sqrt{T_0}}\tilde{H}_k$ $ X_k = \frac{1}{\sqrt{T_0}}\tilde{X}_k$ で置き換えれば等式 (9.5) と全く同じになるわけだお.

やらない夫
そういうことだが,置き換えずに $ \tilde{H}_k$ $ \tilde{X}_k$ のままで,今やった計算の意味を幾何学的に考えてみよう.我々は $ h(t)$$ x(t)$ の内積を計算したわけだが,その際に両信号を正規直交基底で展開してから計算することにしたわけだ.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_parseval/h_x_expanded.eps}

やる夫
式(9.18)のあたりがそうだお.

やらない夫
その計算は,各基底方向に分解された成分同士で内積を取って,それらを後から足し合わせることに相当している.内積というものが線形な計算だからこれが可能なわけだ.

やる夫
で,直交基底で展開しているから,異なる方向の成分同士は消えるんだお.さらに正規化されているから,結局,同じ方向の成分の係数同士をかけた $ \tilde{H}_k \tilde{X}^{*}_k$ が残るんだお.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_parseval/parseval_illustrated.eps}

やらない夫
そうだな.一般化パーセバルの等式はこういう構造によって成立していたわけだ.

$ h = x$ とした場合の式(9.1)も同じことだが,この場合の結果は幾何学的にはもうちょっとわかりやすい.こちらも

$\displaystyle \int_{-T_0/2}^{T_0/2} \vert x(t)\vert^2 dt$ $\displaystyle = \sum_{k = -\infty}^{\infty} \vert\tilde{X}_k\vert^2$ (9.22)

と書き直してみよう.左辺は $ x(t)$ 同士の内積だから $ \vert\vert x(t)\vert\vert^2$,つまり $ x(t)$ というベクトルの長さの2乗を表していると解釈できる.パーセバルの等式は,これが正規直交基底で表した際の各成分の長さの2乗の和と一致することを示している.直観的には, $ N$ 次元直方体の対角線の長さと各辺の長さの関係に対応しているわけだ.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_parseval/parseval_rectangular.eps}

やる夫
ああ,なるほど,こうしてみるとほとんど当たり前のことに見えるお.

やらない夫
有限次元のユークリッド空間であれば,当たり前の話だな.これが,無限次元の関数空間になると,必ずしも当たり前じゃないというのが重要なところだ.パーセバルの等式の導出過程をもう一度見てみると,フーリエ級数がちゃんと収束してもとの関数に一致するような範囲で話を考えているから,式(9.18)のような置き換えができて,式(9.19)のような展開ができるんだった.そういう条件を考えない一般の関数空間では,この当たり前に成り立ちそうな等式は,成立するとは限らない.

やる夫
無限次元こわいお.


9.5 フーリエ変換の場合はどうなのか

やる夫
フーリエ級数の場合 (式(9.1)(9.5)) の話をずっと見てきたわけだけど,フーリエ変換,離散時間フーリエ変換,離散フーリエ変換の場合も同じように考えればいいのかお?

やらない夫
そうだな,まあ,そう考えるのがいい…んだけどな.

やる夫
なんか歯切れが悪いお.

やらない夫
各種フーリエ変換の直観的な解釈としては,是非同じように捉えておくべきだと思う.ただし,数学的な定式化が同じように可能かというと,実はちょっと難しい.

例えばフーリエ変換だと, $ \int_{-\infty}^{\infty} x(t) e^{-j\Omega t}dt
= (x(t), e^{j\Omega t})$ を計算しているわけだから, $ e^{j\Omega t}$ を基底ベクトルに取っていると見ることができそうだ.周波数 $ \Omega$ としては全実数を取り得るから, $ \{ e^{j\Omega t} \}_{\Omega \in {\bf R}}$ が基底を構成すると考えたいところだ.

ところが, $ (e^{j\Omega t}, e^{j\Omega t}) = \int_{-\infty}^{\infty}
e^{j\Omega t}e^{-j\Omega t} dt = \int_{-\infty}^{\infty} dt$ が 1 にならない,というか収束しないので,正規直交基底だと呼ぶわけにはいかない.

やる夫
あー,確かにそうだお.てことは今までの議論は全然通用しないのかお?

やらない夫
拡大解釈することは可能だ.これまで考えてきた正規直交基底ってのは基底ベクトル同士の内積が $ (\bm{e}_i,
\bm{e}_j) = \delta_{i,j}$,つまりクロネッカーのデルタになるものだったが,今の場合は $ (e^{j\Omega_1 t}, e^{j\Omega_2 t}) = \delta(\Omega_1
- \Omega_2)$,つまりディラックのデルタ関数になってるんだな.そして,今までは無限と言っても整数と同じ無限個の基底ベクトルの線形結合で表していたのに対して,今度は実数 $ \Omega$ について重ね合わせることになる.より濃い無限になっているわけだ.

やる夫
離散時間と連続時間で単位インパルス信号の定義が違う,みたいな話だお.

やらない夫
そういうものを正規直交基底と見なすことを認めるなら,同じような議論ができるわけだが,正統的な数学ではそういう扱いはしないようだな.フーリエ変換自体がもっと慎重に定義されるし,パーセバルの等式の導出も然りだ.

やる夫
あまり厳密な数学の議論をされてしまうと,ついていけないお.

やらない夫
なので,応用の立場からは,フーリエ級数を正規直交展開として理解した上で,その類推としてフーリエ変換を捉えておくということで悪くはないんじゃないかと思う.同じことが離散時間フーリエ変換にもいえる.

やる夫
いろいろ面倒くさいんだお.

やらない夫
一番面倒がないのは離散フーリエ変換だな.これは有限次元のベクトル空間になるわけだから,初等的な線形代数の教科書の範囲で普通に理解することができる.つまり $ N$ 点の離散フーリエ変換というのは,$ N$次元のベクトル空間から$ N$次元のベクトル空間への線形写像なわけだ.例えば $ N = 4$ の離散フーリエ変換は

$\displaystyle \begin{pmatrix}X[0]  X[1]  X[2]  X[3] \end{pmatrix}$ $\displaystyle = \begin{pmatrix}W^0 & W^0 & W^0 & W^0 W^0 & W^1 & W^2 & W^3 ...
...6 & W^9 \end{pmatrix} \begin{pmatrix}x[0]  x[1]  x[2]  x[3] \end{pmatrix}$ (9.23)

と書ける.ただし見易さのために $ W = e^{-j \frac{2\pi}{N}}$ と書いている.

やる夫
あー,こう書くと確かに線形代数っぽいお.

やらない夫
線形代数っぽいというか,線形代数そのものだな. $ 4 \times 4$ 行列のところを逆行列にすると,離散フーリエ逆変換になるわけだ.こうしてみると,離散フーリエ変換が時間$ N$点から周波数$ N$点への変換になっているのは当然のことだと理解できる.

swk(at)ic.is.tohoku.ac.jp
2016.01.08