8. フーリエ変換の性質(2): たたみこみと積 ― 線形時不変システムの入出力関係

8.1 時間領域たたみこみ

やらない夫
さて,フーリエ変換の性質の2つめだ.「たたみこみと積の関係」あるいは「たたみこみの定理」などと呼ばれる,ものすごく重要なものだ.


やる夫
あー,聞いたことあるお.でも何かややこしい積分が出てきてよくわからないんだお.

やらない夫
まあ,順番に説明していくことにするか.まずは「たたみこみ」ってのは何なのかって話だ.

やる夫
確か,この左辺の $ \int h(\tau)x(t-\tau) d\tau$ みたいな積分のことをそう呼ぶんだったお.でもカッコの中がややこしくて,いつもわかんなくなるお.

やらない夫
カッコの中身の意味は後で話すとして,たたみこみの定義としてとしてはその通りだ.そして,離散時間信号の場合は積分の代わりに総和を取ることになるわけだが,これもやはりたたみこみと呼ぶ.敢えて区別したいときは「たたみこみ積分」「たたみこみ和」などと呼ぶけど,まあ混同の恐れがない限りは単にたたみこみと呼べばいいだろう.数式で書くときは,略して

$\displaystyle h(t) * x(t)$ $\displaystyle \equiv \int_{-\infty}^{\infty} h(\tau)x(t-\tau) d\tau$ (8.5)
$\displaystyle h[n] * x[n]$ $\displaystyle \equiv \sum_{m=-\infty}^{\infty} h[m]x[n - m]$ (8.6)

なんて風に「$ *$」を使って表すことが多い.

やる夫
確かに $ *$ を使って書くのも見たことあるお.

やらない夫
それから,よくわからないと言われたカッコの中身だが,$ h(\cdot)$ の中と $ x(\cdot)$ の中は逆になっても構わない.実際, $ \tau' = t - \tau$ とか $ m' = n - m$ みたいな変数変換をしてやると

$\displaystyle \int_{-\infty}^{\infty} h(\tau)x(t-\tau) d\tau$ $\displaystyle = \int_{\infty}^{-\infty} h(t - \tau')x(\tau') (-d\tau')$ (8.7)
  $\displaystyle = \int_{-\infty}^{\infty} h(t - \tau')x(\tau') d\tau'$ (8.8)
$\displaystyle \sum_{m=-\infty}^{\infty} h[m]x[n - m]$ $\displaystyle = \sum_{m'=-\infty}^{\infty} h[n - m']x[m']$ (8.9)

になる.$ h$$ x$ が交換可能,つまり $ h * x = x * h$ だってことだ.

やる夫
そういえば $ h(t) * x(t) = \int h(t - \tau) x(\tau) d\tau$ って書いている教科書もあった気がするお.

式(8.1)とか式(8.4) に出てくる方もたたみこみかお?

やらない夫
そうだ.でもちょっと注意する必要があって,これらでは積分や総和の範囲が元の信号の 1 周期分だけだ.

やる夫
ああ,そういえば 式(8.1) とか式(8.4) は周期信号を扱ってるんだったお.

やらない夫
$ x$$ h$ も周期信号なので注意してくれ.この場合,1周期分を積分し終わったらあとはそれを延々と繰り返すだけになる.当然無限大にすっ飛んでしまって面倒くさいので,その代わりに1周期だけ積分してやることにする.

やる夫
いつものトリックだお.その場合も $ *$ 記号で書いていいのかお?

やらない夫
$ *$ 記号のままのことが多いかな.明示的に区別したい場合は別の書き方をすることもあるが,特に標準的な記法はないようだ.以降の議論では出てこないが,教科書とかを読むときには,暗黙のうちに「周期信号をたたみこむときは1周だけ計算する」ことになっている場合があり得るということを注意しておいて欲しい.

ともかく,記号 $ *$ を使うと最初の4つの性質はこう表記できる.

$\displaystyle \frac{1}{T_0} h(t) * x(t)$ $\displaystyle \stackrel{\text{FS}}{\longrightarrow}H_k X_k$ (8.1)
$\displaystyle h(t) * x(t)$ $\displaystyle \stackrel{\cal F}{\longrightarrow}H(\Omega)X(\Omega)$ (8.2)
$\displaystyle h[n] * x[n]$ $\displaystyle \stackrel{\text{DTFT}}{\longrightarrow}H(\omega)X(\omega)$ (8.3)
$\displaystyle h[n] * x[n]$ $\displaystyle \stackrel{\text{DFT}}{\longrightarrow}H[k]X[k]$ (8.4)

2つの信号を時間領域でたたみこんだものを周波数領域で見てみると,元の2信号のスペクトルの積を計算したものと一致するわけだ.

やる夫
式の上ではその通りだけど,結局たたみこみがよくわかんないので,さっぱりわからないお.

やらない夫
そう言うと思ったよ.じゃあその「たたみこみとは何なのか」から話をすることにしよう.


8.2 線形時不変システムとたたみこみ

やらない夫
いきなり話が飛ぶように感じるかも知れないが,ここで,何らかの信号を入力すると何らかの信号が出力される「システム」を考えよう.

やる夫
唐突だお.

やらない夫
そうかも知れないが,たたみこみとは何かを理解するためだ.このシステムが具体的に何をするのかは別にどうでもいいんだが,例えば,音声信号を入力したら,高音がカットされた出力信号が出てくるとか,エコーがかかった出力信号が出てくるとか,まあそんなのを想像しておけばよい.

やる夫
まあ想像はできるお.

やらない夫
連続時間でも離散時間でも同じ話になるんだが,ここでは離散時間で考えることにしよう.入力 $ x[n]$ を入れると,出力 $ y[n]$ が出てくる.よくこういうブロック図と呼ばれるものを書くわけだ.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_conv/block_diagram.eps}

やる夫
制御工学の授業でよく出てきたやつだお.

やらない夫
システム,つまりこの箱の部分は,信号 $ x[n]$ から信号 $ y[n]$ への写像を定めているわけだ.ちょっと注意して欲しいのは,これは,ある時刻 $ n$ の入力の値 $ x[n]$ から出力の値 $ y[n]$ への関数というわけではなくて,$ x[n]$ という $ n$ の関数から,$ y[n]$ という $ n$ の関数への写像だってことだ.数学では作用素と呼ばれるものだな.

やる夫
何か難しそうな話になってきたお.

やらない夫
実際,一般論としては簡単じゃないんだな.これから,この関数 $ x[n]$ から $ y[n]$ への写像を何とか数式で表してやろうと考えていくんだが,完全に一般の場合を考えてしまうと難しい.

やる夫
関数から関数を定めるためのルールを数式で表すってことかお.そりゃややこしいに決まっているお.

やらない夫
ところが,ある条件を満たすシステムのみに話を限定して考えると,簡単に書き表すことができるんだ.その条件というのが「線形性」と「時不変性」だ.

やる夫
それも聞いたことあるお.

やらない夫
線形ってのは,入力が定数倍されたり足し合わされたりしたら,出力も同じく定数倍されたり足し合わされたりするってことだ.つまり,入力 $ x_1[n]$ に対する出力が $ y_1[n]$,入力 $ x_2[n]$ に対する出力が $ y_2[n]$ だったとき,適当な定数 $ a_1$$ a_2$ を使って $ a_1 x_1[n] + a_2 x_2[n]$ という入力信号を考えると,出力信号は $ a_1 y_1[n] + a_2 y_2[n]$ になる.

やる夫
和と定数倍が保存されるってことだお.

やらない夫
もう一つの条件の時不変ってのは,時間をずらして入力信号を入れてやると,元の出力と同じ形の信号が同じ時間だけずれて出てくるということだ.つまり,入力 $ x[n]$ に対する出力が $ y[n]$ だったとすると, $ x[n - n_1]$ を入力したときには, $ y[n - n_1]$ が出力される.

やる夫
同じ波形を入れたら,いつでも同じ波形が出てくるってことだお.

やらない夫
なんだ,わかってるじゃないか.

やる夫
制御工学の授業でも習ったと思うお.でも,どうしてそんな条件を置かなきゃいけないのかよくわかってないお.

やらない夫
つまるところ,入力信号を複数の要素に分解して考えられるようになるってところがミソだ.分解後の各要素について出力を考えて,それらを重ね合わせればいい.で,どんな要素に分解すればよいかというと,単位インパルス信号だ.

やる夫
んーと,単位インパルスというと,デルタ関数のことだったかお?

やらない夫
ああ,連続時間ならデルタ関数だ.今は離散時間を考えているから,

$\displaystyle \delta[n]$ $\displaystyle = \left\{\begin{array}{ll} 1, & n = 0 0, & n \neq 0 \end{array}\right.$ (8.10)

のことを単位インパルス信号と呼ぶ.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_conv/unit_impulse.eps}

時刻 0 のところに面積 1 の値があるのが連続時間の場合の単位インパルスで,時刻 0 のところに振幅 1 の値があるのが離散時間の場合の単位インパルスだ.

やる夫
同じ名前なのに連続時間と離散時間で別なのかお.紛らわしいお.

やらない夫
あるシステムに単位インパルス信号を入力したときに得られる出力信号のことを,そのシステムの単位インパルス応答,あるいは簡単にインパルス応答という.そうだな,例えば高音をカットするシステムであれば,こんな風になまった出力が出てくるだろう.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_conv/impulse_response_lowpass.eps}

やる夫
エコーをかけるシステムだったら,こんな風に単位インパルスにエコーがかかった信号が出てくるわけだお.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_conv/impulse_response_echo.eps}

やらない夫
そしてここからが核心だ.線形時不変システムの場合,インパルス応答さえ知っていれば,他のどんな入力に対する出力でも計算によって求めることができる.例えば,単位インパルス応答が $ h[n]$ で表されるシステムを考えよう.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_conv/impulse_response_h.eps}

そこに $ \cdots, x[-1] = 0, x[0] = 2, x[1] = 4, x[2] = 3, x[3] = 0,
\cdots$ という信号を入力したとする.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_conv/input_x.eps}

やる夫
$ n = 0, 1, 2$ 以外の時刻ではずっと 0 の入力なわけだお.

やらない夫
そう.だからこの場合は $ n = 0, 1, 2$ の 3 点それぞれに分解した入力に対する応答を重ね合わせればよいことになる.時刻 $ n = 0$ での入力信号値は $ x[0] = 2$ だ.このシステムは線形だから,これに対する出力は単位インパルス応答の振幅を $ x[0]$ 倍した $ h[n]x[0] = 2 h[n]$ になる.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_conv/response_x0.eps}

やる夫
単位インパルスの振幅を 2 倍にした信号を線形システムに入力したんだから,そうなるお.

やらない夫
次に,$ n = 1$ のときの入力信号値は $ x[1] = 4$ だ.これは,単位インパルスを 1 時刻遅らせて,振幅を 4 倍したものだ.時不変性から,出力も 1 時刻遅れて,線形性から出力の振幅も単位インパルス応答の 4 倍になる.つまり $ h[n - 1]x[1] = 4 h[n - 1]$ が出力される.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_conv/response_x1.eps}

やる夫
そうか,で,$ n = 2$ のときは,単位インパルス応答を 2 時刻遅らせて,振幅を 3 倍した $ h[n - 2]x[2] = 3 h[n - 2]$ が出力になるわけだお.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_conv/response_x2.eps}

やらない夫
その通り.結局,入力信号全体に対する出力は,線形システムだから,今考えたものの和になる.

$\displaystyle y[n]$ $\displaystyle = \sum_{m = -\infty}^{\infty} h[n - m] x[m]$ (8.11)
  $\displaystyle = \sum_{m = 0}^{2} h[n - m] x[m]$ (8.12)
  $\displaystyle = 2h[n] + 4h[n-1] + 3h[n-2]$ (8.13)

これがたたみこみの正体だ.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_conv/response_x.eps}

やる夫
ああ,確かにたたみこみの式 $ h[n] * x[n] = \sum_m h[n - m] x[m]$ が出てきたお.つまり,単位インパルス応答を,入力信号の各時刻の値に対応して時間シフト + 定数倍しながら重ね合わせたものがたたみこみの計算になるんだお.

やらない夫

そういうことになる.同じことを別の見方で見てみようか.インパルス応答 $ h[n]$ というのは結局何だったかというと,ある時刻に入力された単位インパルスが即座に出力に及ぼす影響 $ h[0]$,1時刻遅れて及ぼす影響 $ h[1]$,2時刻遅れて及ぼす影響 $ h[2]$ …を表すものだったわけだ.

やる夫
わかるお.

やらない夫
ある時刻 $ n$ の出力値 $ y[n]$ を考えよう. $ y[n]$ は,時刻 $ n$ の入力値 $ x[n]$ が即座に及ぼす影響である $ h[0]x[n]$,時刻 $ n-1$ の入力値 $ x[n-1]$ が1時刻遅れて及ぼす影響 $ h[1]x[n-1]$,時刻 $ n-2$ の入力値 $ x[n-2]$ が2時刻遅れて及ぼす影響 $ h[2]x[n-2]$ … をすべて重ね合わせたもので構成されている.つまり

$\displaystyle y[n]$ $\displaystyle = \sum_{m = -\infty}^{\infty} h[m] x[n - m]$ (8.14)

となるわけだ.これがたたみこみだと考えてもいい.

やる夫
ああ, $ h[n] * x[n] = \sum_m h[m] x[n - m]$ がこっちに相当するわけだお.

やらない夫
まあ最初に見た通り数式の上では等価なので,どちらで考えても同じことだけどな.

ともかく重要なのは,線形時不変システムは,その挙動をインパルス応答のみで完全に記述できるということだ.本来は,入力信号に出力信号を結びつけるという高度なことをするはずの「システム」を,インパルス応答という「信号」と同一視できる.なので,「インパルス応答が $ h[n]$ であるシステム」のことを「システム $ h[n]$」と呼んでしまったりするわけだな.そういう理由でブロック図の箱の中に $ h[n]$ と書いてしまったりもするわけだ.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_conv/block_diagram_h.eps}

これは線形時不変システムならではの著しい特徴だ.そして,インパルス応答と入力信号から実際に出力信号を得るための操作がたたみこみだというわけだ.

やる夫
連続時間でも同じことなのかお?

やらない夫
そうだな.重ね合わせるところが和ではなく積分になるので若干わかりにくいかも知れないが,全く同じことだ.

連続時間の場合,ディラックのデルタ関数 $ \delta(t)$ を単位インパルス信号と考えて,それに対する出力をインパルス応答 $ h(t)$ と呼ぶことにする.$ t = 0$ の瞬間に「積分したら 1」になるインパルスを入れることを考えるわけだ.

やる夫
えーと,縦が無限大で,横が 0 で,縦横かけて面積を求めると 1 になるようなものを考えるんだったお.…んー,でも例えば $ h(t) * x(t)$ を考えるときに高さ無限大の入力なんて普通考えないお?

やらない夫
そこは,今まで何度もやってきたように,インパルスを同じ面積の短冊に置き換えて考えればいい.入力 $ x(t)$ を幅 $ \Delta\tau$ の短冊に切り分けて考える.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_conv/conv_cont.eps}

$ n$ を整数として, $ t = n\Delta\tau$ の瞬間に高さ $ x(n\Delta\tau)$ の短冊が入力されることになるわけだが,その面積は $ x(n\Delta\tau)
\Delta\tau$ なので,インパルス $ \delta(t - n\Delta\tau) x(n\Delta\tau)
\Delta\tau$ が入力されたのと同じ効果だと考える.高さを $ x(n\Delta\tau)
\Delta\tau$ 倍して時刻 $ n\Delta\tau$ だけシフトしたインパルス関数と,この短冊 1 枚を同一視したってことだ.

やる夫
えー,短冊の方は幅があるから,インパルスと同じとは思えないお.

やらない夫
もちろんそうなんだが,後で $ \Delta\tau \rightarrow 0$ の極限を取るので気にしないでくれ.そうすると,この短冊 1 枚に対応して現れる出力は $ h(t -
n\Delta\tau) x(n\Delta\tau) \Delta\tau$ になる.

やる夫
線形時不変だから,出力もインパルス応答 $ h(t)$ $ x(n\Delta\tau)
\Delta\tau$ 倍になって,時刻 $ n\Delta\tau$ だけシフトしたものになるわけだお.

やらない夫
これをあらゆる整数 $ n$ について足し合わせることで出力が得られる.

$\displaystyle y(t)$ $\displaystyle = \sum_{n = -\infty}^{\infty} h(t - n\Delta\tau) x(n\Delta\tau) \Delta\tau$ (8.15)

ここで $ \Delta\tau \rightarrow 0$ の極限を取ると, $ n\Delta\tau$ は連続変数 $ \tau$ になって

$\displaystyle y(t)$ $\displaystyle = \int_{-\infty}^{\infty} h(t - \tau) x(\tau) d\tau$ (8.16)

となる.これが連続時間の場合のたたみこみだ.


8.3 周波数応答と「たたみこみと積の関係」

やる夫
たたみこみの意味はわかったけど,それがどうして周波数領域では積になるのかはまだわからないお.

やらない夫
そこを理解するためには,周波数応答という考え方が重要だ.また話を離散時間に戻して,線形時不変システム $ h[n]$ への入力を,周波数ごとに分解して考えよう.ある周波数 $ \omega$ の複素指数関数 $ x[n] = e^{j\omega n}$ が入力だったとする.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_conv/input_sinusoidal.eps}

やる夫
角周波数 $ \omega$ で回転する螺旋が入力されるんだお.

やらない夫
その場合の出力 $ y[n]$ がどうなるかというと,さっきやった通りインパルス応答 $ h[n]$ をたたみこむことで計算できるわけだ.

$\displaystyle y[n]$ $\displaystyle = \sum_{m = -\infty}^{\infty} h[m] x[n - m]$ (8.17)
  $\displaystyle = \sum_{m = -\infty}^{\infty} h[m] e^{j\omega (n - m)}$ (8.18)
  $\displaystyle = \sum_{m = -\infty}^{\infty} h[m] e^{-j\omega m} e^{j\omega n}$ (8.19)
  $\displaystyle = e^{j\omega n} \sum_{m = -\infty}^{\infty} h[m] e^{-j\omega m}$ (8.20)

やる夫
たたみこみの定義通り計算しているわけだお.

やらない夫
さてここで問題だ.今の計算の最後の式の総和を取っている部分,どこかで見たことないか?

やる夫
ん, $ \sum_{m} h[m] e^{-j\omega m}$ の部分かお? …あ,離散時間フーリエ変換の公式 (5.3) になってるお.

やらない夫
そうだ.インパルス応答 $ h[n]$ の離散時間フーリエ変換 $ H(\omega)$ がここで登場している.つまり出力 $ y[n]$


と表せることになる.

やる夫
んーと,システム $ h[n]$ $ e^{j\omega n}$ を入れたら $ H(\omega)
e^{j\omega n}$ が出てくるってことかお.

やらない夫
そう,注意して欲しいのは,$ H(\omega)$$ n$ の関数ではなくてただの複素数だってことだ.

やる夫
つまり,出力はやっぱり角周波数 $ \omega$ で振動する螺旋なんだお.だけど $ H(\omega)$ 倍されてるところが入力からの違いだお.

やらない夫
$ H(\omega)$ 倍されるってどういうことだかわかるか?

やる夫
ええと, 前に考えた気がするお.振幅と位相に分けて考えればいいんだお.振幅が $ \vert H(\omega)\vert$ 倍されて,位相が $ -\angle H(\omega)$ だけ遅れるってことだったお.

やらない夫
これも線形時不変システムならではの重要な特徴だ.線形時不変システム $ h[n]$ に入力として単一周波数で振動する信号を入れると,出力も全く同じ周波数の振動になる.ただし振幅や位相は変化して,その変化分は $ H(\omega)$ をかけることで表せる.


\includegraphics[scale=0.5]{fig_conv/inout_sinusoidal.eps}

やる夫
あっ,だからたたみこみが積になるのかお?

やらない夫
そういうことだ. $ h[n] * x[n]$ を計算するというのは線形時不変システム $ h[n]$ に信号 $ x[n]$ を入力して出力を求めるということだ.$ x[n]$ を周波数成分に分解して考えると,周波数 $ \omega$ の成分 $ X(\omega)$$ H(\omega)$ 倍されて $ H(\omega)X(\omega)$ になる.これがあらゆる $ \omega$ について成り立つ.時間領域のたたみこみが周波数領域で積になるってのは,つまりそういうことだ.

やる夫
わかった気がするお.

やらない夫
というわけで,インパルス応答 $ h[n]$ を離散時間フーリエ変換したもの $ H(\omega)$ は,線形時不変システムの挙動を周波数領域で表したものになっている.重要なので名前がついていて,周波数応答と呼ばれる.

やる夫
各周波数成分の振幅がどのくらい増幅されて,位相がどのくらい遅らせられるかを表す量になるわけだお.

やらない夫
ああ,「信号」の周波数成分を分析するツールであるフーリエ変換が,「システム」の応答を周波数領域で分析するのにも使えるわけだ.それもこれも,「システム」が「インパルス応答」という 1 本の信号と同一視できるという線形時不変システムの著しい特徴から導かれるものだ.

やる夫
線形時不変性のありがたみを思い知ったお.それにしてもインパルス応答すごいお.単に時刻 0 にインパルスを入れただけなのに,そのときの出力にシステムのすべての情報が含まれているんだお.

やらない夫
インパルス応答と周波数応答は互いにフーリエ変換対の関係にあるわけだからな.すべての周波数の情報を含んでいるわけだ.そもそも単位インパルス信号ってのは,あらゆる周波数成分を等しく含んでいる信号だったわけだ.

やる夫
ああ, 連続時間のフーリエ変換の例のところでやったお.デルタ関数 $ \delta(t)$ はフーリエ変換したら 1 になるんだお.すべての周波数成分が 1 だお.離散時間の単位インパルスでも同じなのかお?

やらない夫
$ \delta[n]$ の離散時間フーリエ変換を実際に計算してみるといい.

やる夫
ええと

  $\displaystyle \sum_{n = -\infty}^{\infty} \delta[n] e^{-j\omega n}$ (8.22)
$\displaystyle =$ $\displaystyle e^{-j\omega 0}$ (8.23)
$\displaystyle =$ $\displaystyle 1$ (8.24)

ああ,まあ,計算するまでもないくらい簡単に 1 が出てきたお.

やらない夫
つまり,いろんな周波数の振動を 1 個ずつ入力しながら振幅・位相がどのくらい変わるかを見ていくのが周波数応答だとすると,あらゆる周波数の振動を一度にドンとつっこんで,出力を見るのがインパルス応答なわけだ.その出力をフーリエ変換して周波数ごとにバラしてやると,周波数応答に一致するんだな.

やる夫
この辺の話も,連続時間でも同じことになるのかお?

やらない夫
ああ,全く同じだ.単位インパルス応答 $ h(t)$ のフーリエ変換 $ H(\Omega)$ が周波数応答になる.式(8.20) に相当する計算を自分でやってみるといい.

やる夫
ええと, $ x(t) = e^{j\Omega t}$ を入力することを考えればいいのかお?

$\displaystyle y(t)$ $\displaystyle = \int_{-\infty}^{\infty} h(\tau)e^{j\Omega(t - \tau)} d\tau$ (8.25)
  $\displaystyle = e^{j\Omega t} \int_{-\infty}^{\infty} h(\tau) e^{-j\Omega\tau} d\tau$ (8.26)
  $\displaystyle = H(\Omega)e^{j\Omega t}$ (8.27)

になるから,なるほど確かに入力 $ e^{j\Omega t}$$ H(\Omega)$ 倍されて出てくるお.

やらない夫
同じ関係は,フーリエ変換だけじゃなくラプラス変換や z 変換についても成り立つし,成り立つ理由も全く同様だ.詳しくは,それぞれの変換の話をするときに見ていくことにしよう.

8.4 周波数領域たたみこみ

やらない夫
で,同じことを時間領域と周波数領域を逆にして見ると,こうなる.

$\displaystyle h(t)x(t)$ $\displaystyle \stackrel{\text{FS}}{\longrightarrow}\sum_{l = -\infty}^{\infty} H_\ell X_{k - \ell}$ (8.28)
$\displaystyle h(t)x(t)$ $\displaystyle \stackrel{\cal F}{\longrightarrow}\frac{1}{2\pi}\int_{-\infty}^{\infty} H(W) X(\Omega - W) dW$ (8.29)
$\displaystyle h[n]x[n]$ $\displaystyle \stackrel{\text{DTFT}}{\longrightarrow}\frac{1}{2\pi}\int_{-\pi}^{\pi} H(w) X(\omega - w) dw$ (8.30)
$\displaystyle h[n]x[n]$ $\displaystyle \stackrel{\text{DFT}}{\longrightarrow}\frac{1}{N}\sum_{\ell = 0}^{N-1} H[\ell]X[k-\ell]$ (8.31)

やる夫
時間領域での積が,周波数領域ではたたみこみになるんだお.

やらない夫
これは,フーリエ変換と逆変換の対称性から理解しておくということでよいと思う.

swk(at)ic.is.tohoku.ac.jp
2016.01.08